あるかいぶつのものがたり
愛に対する裏切り。自罰のための罪悪。同胞殺しへの歪んだ崇拝。そして全ての過ちを清算する決着の儀式。これはペガサスが狼になるまでの物語。怪物が怪物になるまでの呪われた過程。醜さは醜さによって贖わなければならず、堕落は堕落の呼び水となるほかない。そして奈落へ落下し続ける罪人を待ち受けるのは、当然のことながら無残な末路だ。慈悲など入り込む余地のない自動化された装置。
今作のバックグラウンドに据えられた物語小説の主人公にして作者のペルソナ、Vylet Cypressを追い詰める手つきは本気だ。「悲劇とそこからの回復」という筋立てはもちろんのこと、ありとあらゆる音楽的語彙を駆使して彼女を取り巻く極限的状況とその行く末を表現しようとする。このときVylet Ponyが挑んだのは、アルバムとしての連続性や一体性を保ちつつ、いかに楽曲ごとに、あるいは一つの楽曲内でムードの落差を表現するかということだった。
まず同作の大まかな流れを整理すると、おおよそ以下のパートに分けることができる。主人公が同胞殺しの罪を犯し自罰のための殺人を重ねていく場面。彼女の罪行が凄惨な暴力と死によって贖われる場面。輪廻を経て主人公が新たな生を獲得する場面。これら三つはアルバムの音楽的な展開と同期しながら作品全体を構成している。曲目で言えば「Pest」から「Vitality Glitch」までが第一の場面、次に「The Wallflower Equation」から「Sludge」までが第二の場面、そして「Revenge Fantasy」から「Rest Now, Little Wolf (A Vigil For Aria, or, How the Lamb Stood in an Empty Room Filled with Empty Friends)」までが第三の場面と振り分けられるだろう。
アルバムのサウンド面の流れをより具体的に見ていこう。まずは第一幕からだ。今作のポップアルバムとしての第一印象を決定づけるチャーミングな曲調が続くこのパートだが、同時にそこかしこに陰惨な暴力の徴候を読み取ることができる。例えばシンセポップとオルタナティヴ・ロックをロック・オペラ風にまとめ上げた「Pest」は、表向きのドラマチックで高揚感のある印象に反して、殺人者の自罰心理という極めてダークなテーマに踏み込んでいる。あるいはVylet Pony流のファンク・ロック解釈「Surviver’s Guilt」においても同じものを見ることができる。楽曲のポップネスを内破しかねないスクリームすれすれのがなり声と終盤に炸裂するディストーション・ギター。これらに伏流する不穏な気配は次の展開で一つのピークに達することとなる。
今作『Monarch of Monsters』の音楽的野心を最も体現し、聴くもの全てを慄然とさせるのが次の第二幕に相当する箇所だ。例えば反復するシンセフレーズとギターノイズのマリアージュで幕を開ける12分の大曲「The Wallflower Equation」は、ブラック・ミディやブラック・カントリー・ニュー・ロードに象徴される新世代のプログレ解釈に対するVylet Ponyなりの返答と言える内容に仕上がっている。酩酊感あるクラウトロックからジョン・ゾーンを彷彿とさせるノイズロック、煌びやかなジャズフュージョンまで取り込んだ過剰なまでに色鮮やかな一大絵巻。終盤、情報過多でショートしたかのようにノイズに塗れていく展開は壮絶そのものだ。そしてインタールード的なアコースティック・ギターの演奏を挟んで、物語はいよいよゴシック的な闇を深めていくことになる。続く「Princess Cuckoo」「Sludge」ではもはや冒頭の可愛らしさなど微塵も感じさせない暗黒世界が繰り広げられ、とりわけ後者「Sludge」の前半におけるスワンズとDiamanda Galásの邂逅を思わせる壮絶な絶唱とノイズの応酬は圧巻だ。その後に続く強烈なオルタナティヴ・メタル的なリフワークと合わせて今作の最大のハイライトと言っていいだろう。さらに後半部分にわたって展開される長く険しい回復の道程を思わせるインストゥルメンタル的パートも素晴らしく、この第二幕に単なる陰鬱さに留まらない余韻を与えている。
そしてアルバムの最後を締めくくるのが第三幕だ。穏やかなギターポップとシューゲイズする電子ノイズの間で揺れ動く「Revenge Fantasy」が象徴するように、ここでは単に平坦なポップネスへ回帰したのではない点が重要である。愛くるしいグリッチポップ「Huntress」から「…and, as her howl echoed unto eventide, she became the far seer’s hunting dog…」のポストブラックメタルを思わせる激情になだれ込む展開も第三幕の優れて分裂的な感覚を表している。かつての傷と混乱を忘れずにいる、そんな情感がシンプルでポップス的な終曲「Rest Now, Little Wolf (A Vigil for Aria, or, How the Lamb Stood in an Empty Room Filled With Empty Friends)」を強く感動的なものにしているのだろう。
今作『Monarch of Monsters』を考える上で重要なのはアルバムと物語との密接なつながりと、音楽的な折衷性が必然的に結びついていることだ。この起伏に満ちた悲劇とそこからの回復の過程を音楽として表現するためには、それにふさわしい落差と断絶の感覚が求められたのだ。その意味においてVylet Ponyがアニメ作品の『マイリトルポニー』シリーズのファンコミュニティをルーツとしておりある種の二次創作として音楽活動をスタートさせたことや、《Rate Your Music》でのインタヴューで彼女が答えているように、プログレッシヴ・ロックの総合性の美学とDJカルチャーの連続性の感覚に共通項を見出していることは非常に興味深い。このように様々な論点に接続しうる今作だが、とにかく音楽を通じて何かを物語ることの最前線に位置づけられる傑作であることには違いないだろう。(李氏)