Review

NewDad: Madra

2024 / WM UK
Back

暖かい暗がり

11 February 2024 | By Casanova.S

ここ数年のお気に入りのアイルランドのバンドたち、フォンテインズD.C.、 ザ・マーダー・キャピタル、ジャスト・マスタード、そしてニューダッド。こんな風にポンポンと出てくるくらいアイルランド出身のバンドの活躍が目立つ。サウス・ロンドンのインディーシーンに代表されるように、ギターバンドが再び勢いを取り戻した2018年以降、スコットランドやアメリカ、オランダやフランス、そしてここ日本など場所の隔たりを超え、誘発されるように多くの優れたギターバンドが登場してきた。中でもアイルランドは地理的に近いということもあってサウス・ロンドン・シーンのバンドと交流しているバンドが多く、シーンを追いかけているうちにその名を目にし気になって音楽を聞くことが増え、共通する部分と違っている部分を考える機会が多くなっていた。

そんな中でもアイルランドの港町ゴールウェイで結成されたニューダッドはやはり少し違っていたように思う。2020年に「Blue」で知り、こんな素晴らしいバンドがいるのかとそこから当時出ていた他の3曲「Cry」「Swimming」「How」を聞いてあっという間にハマった。上記にあげたような同時期のバンドたちのほとんどがポストパンク・サウンドだったのに対してニューダッドの音楽は90年代のオルタナ・バンドに影響を受けたようなノスタルジックなものだった。叙情性を漂わせ、控えめで、陰鬱というよりも暗がりの中のロウソクの灯りみたいに感じられた。それはちょうどサウス・ロンドン・シーンにおけるソーリーのような感覚で、新鮮に思えたし、やはりソーリーと同じように引き算のセンスが抜群に良いと感じられ、そのセンスが心の琴線をくすぐり続けたのだ。決して叫ぶことなく丁寧に紡がれるメロディに、空間に広がるフィードバックに満ちた幻想的なドリーム・ポップのギター、ふとした瞬間に現れるグランジの影響、2021年のEP『Waves』で既にそのセンスは現れていて、翌年リリースされた2枚目のEP『Banshee』はよりシューゲイザーの要素を強くし曇り空のインディーポップとも言えるような雰囲気を持っていたように思える。

そうしてニューダッドは今年2024年に満を持してデビュー・アルバム『MADRA』をリリースした。今までのEPよりも暗く、80年代のザ・キュアーのようなベースラインを持ったゴシックなムードをプラスして。オープニング・トラック「Angel」はまさにアルバム全体のムードを指し示しているような楽曲であり、その中でヴォーカルのジュリー・ドーソンは「You’re sweet, but I’m sick」と静かに歌いそこに痛みを滲ませている。だけども決して陰鬱ではない。影があっても決して突き放したりはしない。手招きするように闇に連れ込むベースライン、控えめにメロディを紡いでいくヴォーカル、不安に高鳴る鼓動とリンクするようなドラム、そしてギターが美しく気配を残す。感傷的な痛みを強調するわけではなく、感情のおもむくままにギターをかき鳴らすわけでもない、ニューダッドの音楽は心の内から湧き上がってくる小さな哀しみを見つめ、撫で上げ、そうして静かに寄り添うのだ。それが自分にはたまらなく魅力的に思える。チャプターハウスやスロウダイヴ、ラッシュに影響を受けたバンドが異なった音楽の要素を足し変化しながらも、核となる部分を変えずに繊細で曖昧な感情をそのままにして描き出す。様々な見出しが躍り極端な方向に針を向けることが求められるような世界の中で、ニューダッドの選択は心に小さな安らぎを与えてくれる。

そう、この音楽は暗さを抱えながら心にスッと入ってくるような暖かさがあるのだ。「Change My Mind」の繰り返されるギターのアルペジオのフレーズはセンチメンタルに心をくすぐり「Dream of Me」のそれは軽やかに希望を描き出す。あるいは「Let Go」のような重心を低くし、そこに歪んだギターを合わせたまとわりつく重力を感じさせる曲もある。だがこのアルバムの音楽がこんなにもしみ込んで来るのはやはりその中心に歌があるというのが大きいのだろう。決して派手に主張して来ることはないが、自分自身に言い聞かせるようにつぶやかれる小さな美しさを持ったヴォーカルは空間に確かなラインを引いて、重ねられる楽器の色に輪郭を与え規定する。あくまでヴォーカルを中心に音を重ね、そしてそこから引くことで柔らかに混じり合い針路のはっきりした曲を作り上げる。だから聞く側としても受け入れやすく、刺激的な音色が整理されしみ込むように入ってくるのだろう。この特徴は最初のEPからずっと変わっていないニューダッドの強みだと僕は思う。

何かを極端に打ち出すのではなく、自分たちが影響を受けてきた音楽を丁寧に混ぜ合わせ、繊細さと力強さを併せ持ったバランスに落とし込むというポップミュージックの基本に立ち返ったような普遍的な素晴らしさがこのアルバムにはある。ニューダッドの音楽は、柔らかな不安と揺らぐロウソクの灯りに挟まれた暗がりのような音楽だ。暖かく居心地の良いノスタルジックな暗がりが、今の自分にはとても魅力的に思える。(Casanova.S)


関連記事
【あちこちのシューゲイザー】
Vol.3

 地球の裏側で鳴らされたノイズの方が親しみやすいこともある

 〜チリの新鋭シューゲイズ・アクト4組〜
https://turntokyo.com/features/here-there-and-shoegazer-chilean-shoegaze/

More Reviews

The Road To Hell Is Paved With Good Intentions

Vegyn

1 2 3 64