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Rich Brian: Love In My Pocket

2020 / 88rising
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アジア系である事を逆手にとった現代のトリックスター

11 August 2020 | By Kei Sugiyama

アメリカには“トリックスター”という言葉がある。この言葉は、ジョン・リーランド著『ヒップーアメリカにおけるかっこよさの系譜学』の定義する所によると、“遊び心と悪意の両方でもって社会が持つ価値観や安定を切り崩す存在”のことを示す。そういう意味において88risingのラッパー、リッチ・ブライアンは、まさに現代のトリックスターだと言える。

今から4年ほど前、彼がまだRich Chiggaとして活動していた頃。YouTubeで公開した「Dat $tick」のMVが話題となり全米から注目を集めたが、この時の彼に対する評価は、コメント欄のファニーという言葉に象徴されるように、アジア系のオタクっぽい奴がギャングスタ・ラップをやっていることに対する笑いモノとしての側面があった。そこにアジア系に対する差別のニュアンスが含まれていたことは否めないだろう。

それから現在に至るまでの間に、アメリカのエンタメにおけるアジア系に対する捉え方は大きく変化した。代表的なところを上げると、大金持ちなだけでなく容姿や言動全てがクール、まさにミスター・パーフェクトなアジア系が登場する映画『クレイジー・リッチ!』(2018年)のヒットや、韓国のボーイズ・グループBTSが全米Billboad 200チャートで1位を獲得したことなど、現在では80年代学園ドラマの巨匠のひとりと言われるジョン・ヒューズ監督作『すてきな片想い』(1984年)などに見られるアジア系に対する差別的な描写やステレオタイプは見られなくなったと言える。

そんな流れの中で迎えたコロナ禍において彼はMVを使って精力的に活動をしている。まずはコロナ禍の街に笑顔を届けるドローンでのプレゼント作戦を撮影した「BALI」のMVを公開(ここではCUCOやサンダーキャットから医療関係者まで、彼の交友関係の広さを伺うこともできる)し、続いてドロップされたこの「Love In My Pocket」においては、はじめに全編がグリーンバックで撮影された「Love In My Pocket (Unfinished Video)」というものを公開。タイトルに括弧書きされた“Unfinished Video”が指すようにこの時点でまだMVは未完成であり、この動画を使ってリスナーそれぞれがこの曲のMVを完成させてほしいという遊び心溢れる意図がある。そして後に公開されたサンプル動画(使用例)には、私が彼をトリックスターと定義する理由が示されているといっていい。前述したような現在のアメリカにおけるクールの代表例である映画『クレイジーリッチ!』の一幕やBTS「DNA」のMVに、自らを道化師的に登場させる。さらにジャクソン・ワン「100 Ways」を使った件では、ジャクソン・ワンとリッチ・ブライアンの温度差と表情が良い味を出しているし、トラヴィス・スコットが戦闘アクション・ゲーム『フォートナイト』とコラボしたライヴが話題になったが、ここでは同じゲームでもほのぼのとした世界観が特徴的な『マインクラフト』の世界と彼の動画を合成させる。しかもゲーム内の音響を使ってチップ・チューン的な魅力も引き出されているだけでなく、微妙に音程の外れた歌声が良い味を出している。このサンプル動画は、アジア系=ダサいというステレオタイプだけでなくなったこと、アジア系がクールな存在としてアメリカのエンタメ業界で受け入れられたことを逆手にとったパロディ動画だと言えるだろう。また、この動画は遊び心だけでない。#BlackLivesMatterが再沸騰する中で改めて顕在化している黒人への差別の根深さと同じように、未だにあるであろうアジア系に対する差別意識や、オタクっぽい見た目に対する差別意識、ヒップホップにおけるマチズモ的なセルフボーストへのシリアスな問題提起も込められているように思うのだ。これを悪意と捉えるかは別にして、この動画において彼は、まさしく社会が持つ価値観を切り崩す存在=トリックスター的なものであると言えるのではないだろうか。

こういったことを抜きにしても、様々な「Love In My Pocket」のMVが作られているので、ぜひ一度検索してみていただきたい。彼が寝そべりながらベースを弾くのは、マーヴィン・ゲイを支えたモータウンのベーシストであるジェームス・ジェマーソンへのオマージュだろうか。言及しだしたらキリがないほど小ネタが満載だ。(杉山慧)

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