暗闇の中で、手招きするは未来
ついに時代が動いた。2022年、「farewell」と名付けられた楽曲の断片をSNSにアップし鮮烈にシーンへ登場したkurayamisakaは、ミニ・アルバム『kimi wo omotte iru』(2022年)をはじめ、これまでにいくつかのシングルをリリース。代表曲といえる「cinema paradiso」における空間的でアグレッシヴな轟音ギターとメランコリックなメロディー、「modify Youth」や「jitensha」に象徴されるような学生、青年期特有の焦燥感と切迫感を繊細に表現したサウンドとリリックによって、パンデミック以降に広がりを見せている現行国内インディー/オルタナ・シーンを象徴するバンドとなっていった。筆者はそのようなシーンのバンドたちが放つ熱量を、kurayamisakaでギターを担当する清水正太郎が所属するせだい、kurayamisakaではベースを担う阿左美倫平がギターを務めるyubiori、これまでkurayamisakaの作品リリースを手がけてきた、せだい主宰レーベル《tomoran》から今春にアルバムをリリースしたfallsheepsといったバンドたちのディスク・レビューを通じ、記録しようと試みてきた。
kurayamisakaにとって1枚目のフル・アルバムとなる本作を聴いてまず気づくのは、これまでの録音と比較し、音像の拡張感があることだろう。アルバム・オープナーであり、タイトル・トラックでもある「kurayamisaka yori ai wo komete」ではbloodthirsty butchersのような爆発するエレクトリック・ギターと空間を埋め尽くすサウンドの中に、突如としてフィーブル・リトル・ホースのようなクラッシュでマキシマムな音の壁が目の前に現れ、驚かされる。アルバムを締めくくる「あなたが生まれた日に」における、深い残響と炸裂するギター・ノイズに包み込まれながら立体的に響く内藤さちのスポークン・ワードにも、これまでの作品以上の音響面における遊び心を感じることができるだろう。ASIAN KUNG-FU GENERATIONに範をとったような「metro」や先行リリースされた「sekisei inko」に顕著な、kurayamisakaにとってルーツとなる00年代国内オルタナ/ギターロック、国産ポスト・ハードコアを丁寧にたどりながら、そこへ主に2010年代のUSインディーにおいて展開したミッドウェスト・エモ・リバイバル、ソフト・グランジといった第四波エモや、ウェンズデイ、ホットラインTNT、フィーブル・リトル・ホース、インディゴ・デ・ソウザのような年々評価を高める轟音インディー/オルタナの流脈を接続したようなモダンなサウンド構築も、本作の特徴だ。そのようなサウンド・メイキングは初期作品から彼らの音を支えるエンジニア、島田智朗の手腕によるところも大きいのだと思う。
リリックへと目を向ければ、これまでも、そして本作でも、儚く霧消する内藤さちの歌声と心の輪郭を優しくなぞるメロディーをもって、kurayamisakaは何度も、生と死を、離別を、どこかに行ってしまったヒト・モノのことを歌い続けてきた。彼らは最初にこの世に投げ入れた「farewell」で「命を燃やして/君は旅立った/同じだけ燃やして/胸にしまった」と歌い、「kurayamisaka yori ai wo komete」で「私の身体が朽ちるまで命燃え尽きるまで/使い果たしたいだけ」と歌い、「modify Youth」で「新しい朝に濡れた君の頬がゆるむ未来に僕はいる?/大人になると思いの外わからなくなるものだな」と歌う。そのように、kurayamisakaは目の前から居なくなった誰かの、自分のもとから離れていった何かの存在を私たちに投げかける。彼らの歌には、過ぎ去ったかつての時間や、どこかに自らの意思とは関係なく遺されてしまったヒト、モノの気配とそれらへの視線が沁み込み、こびりついている。それは例えば彼らが敬愛するASIAN KUNG-FU GENERATIONが、eastern youthが、bloodthirsty butchersが、彼らとともに現代のインディー/オルタナを豊かなものとしているyubioriが、主宰イベント《リプレイスメンツ》の開催などを通じ、パンク・ルーツのDIY精神を体現することで若いインディー/オルタナ・バンドたちの精神的支柱となっているSEVENTEEN AGAiNが鳴らし、歌い続けていることでもある。
本作のリリースに際し、清水正太郎(Gt.)は以下のようなコメントを記している。
「kurayamisaka yori ai wo komete」に寄せて──
あなたはどこで私たちを見つけてくれるだろうか。
例えば、友達のおすすめや、地元の中古ショップ。
もしかすると今から20年後かもしれないけど、それでも良い。
すべての音源は出会った時が聴くべき時なのだから。
再生ボタンは時代を越える。
たった1枚のCDに人生を変えられてしまうことがある。
その役目を果たすのが、私たちではなかったとしても
そんな瞬間があなたの人生に溢れていますように。
くらやみざかより愛を込めて
清水 正太郎
地元、中古ショップ、CD、再生ボタン。それらの記号と、恐らくは清水自らの実体験をもとにしたエモーショナルなこの文章は懐古的でありながら未来的だ。清水は、音楽を聴く誰しもが経験したことのある、この音楽は“自分の音楽”だという根拠のない、けれどもどうしてもそうとしか思えないくらいに心をわしづかみにして離さない、勘違いともいえる想像力の重要性をここで伝えている。その勘違いで膨らみきった想像力こそが自分と音楽の関係性を、“ホンモノ”を目の前で見る以上に芳醇なものにすることもある。「たった1枚のCDに人生を変えられてしまうことがある。」というのはきっとそういうことだ。そして同じくらい大切なのは、その想像力の宛先が意図せず時代に取り残されてしまった、もしくはこれから取り残されてしまうことになるかもしれない音楽たちへと向けられているということだ。アルゴリズムと資本論理が貫徹し、サブスクリプション・サービスとYouTubeが支配する環境のなかで清水は、いやkurayamisakaの音楽は、自らの力だけではどうしようもなく、いつかの時代に、世界のどこかに打ち捨てられてしまった、埃をかぶり苔むした廃墟のような何かに希望を、未来を見ている。これ以上ないリアリズムだ。ゆえにkurayamisakaはいま・ここから見えなくなってしまった何かについて歌い続けているのだと思う。廃墟への想像力。kurayamisakaが、本作で私たちに差しだした“愛”は、きっとそんなかたちをしている。(尾野泰幸)
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