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Khruangbin: A LA SALA

2024 / Dead Oceans / Big Nothing
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来客が帰り、リビングルームで一人過ごしている安堵と寂寞

20 April 2024 | By Masamichi Torii

今やすっかりインターナショナルな存在となったクルアンビンだ。レーベルやレコードショップが新譜の内容を示すために、クルアンビンの名前を例に挙げているのをしばしば目にする。こうした状況を「クルアンビン以降」と呼んで差し支えないだろう。クルアンビンはある種のメルクマークだといえる。どの国のものであれ、60、70年代の音楽を愛するオシャレなレコードオタクが楽器を持って実作に取り組んだかのような音楽、といった第一印象を抱いたのもはるか昔のことのように思える。

『A LA SALA』は、クルアンビンの4年ぶり、4作目のアルバムだ。タイトルはスペイン語で「リビングルームへ」を意味する。タイ語で飛行機と名乗るバンドが、このようなタイトルをつけるのは示唆的だ。「旅から帰ってきた」というニュアンスが込められていると考えて良いだろう。

この間、クルアンビンは同郷テキサスのR&Bシンガー、リオン・ブリッジズやマリのギタリスト、ヴィユー・ファルカ・トゥーレとコラボレーションし、アルバムを制作してきた。今回の『A LA SALA』はゲストを入れず、マーク・スピア、ローラ・リー、ドナルド“DJ”ジョンソンの3人だけで制作されたアルバムだ。

クルアンビンはやはりクルアンビンだな、と改めて思った。登場した時点でスタイルおよびフォーマットが完成していたのだから当然といえば当然か。これは何度噛んでも味がするような音楽に取り組むバンドの強みにほかならない。しかしなぜ彼らの音楽は飽きが来ないのか。土台にあるグルーヴに汲めども尽きぬ魅力があるからだ。以前、クルアンビンをお米の美味しさだけで勝負ができる定食屋さんに喩えたこともある。

DJとローラのリズム隊は、リヴォン・ヘルムとリック・ダンコ、アル・ジャクソン Jr.とドナルド・ダック・ダン、林立夫と細野晴臣、チャーリー・ワッツとキース・リチャーズ(!)といったレジェンド級のリズム隊に比肩すると思っている。

透明な手でリスナーの心臓を直接ノックするかのような混じり気なしのキック、礼儀正しい爆竹とでも言うべきクリスピーなスネア、しなやかでいてゴツゴツとした輪郭の太いベース。こうしたトーンがまずもって身体に心地よく響く。

ローラとDJの空白を活かしたミニマルなアプローチは、チルの地平にスリルという隆起を生むものだ。両者のタイム間のズレから生じた摩擦には、「焦らしつつ急かし、急かしつつ焦らす」というグルーヴの真髄が宿っている。質量を伴わないアトモスフェリックなマークのギターが映えるのも土台が堅牢ゆえのことだ。

クルアンビンはやはりクルアンビンだ。とはいえ変化もみられる。バンドの規模が大きくなり、ファンの期待が高まった分、バンドの「器」的なものが拡張されたように感じた。作品を聴いたり、ライブに集まったりする聴衆を満足させたい、といった類のミュージシャンシップがより研ぎ澄まされたように思う。それは特に「May Ninth」のような曲に顕著だ。生を静かに肯定するかのようなオプティミスティックなバイブが滲む曲だ。趣味やセンスの音楽を超越するスケールの大きさを感じる。

東アジア的な雰囲気が漂う「Juegos y Nubes」のハードロックっぽさもこれまでに見られなかった要素かもしれない。ローラは学生時代、メタルやストーナー・ロックを好んでおり、マストドン、クイーンズ・オブ・ストーン・エイジ、クラッチのライブに通っていたそうだ。そうしたテイストがわずかに漂っていると言えなくもない。

ところで、クルアンビンのライブといえば、ヒップホップの元ネタを中心としたメドレーがハイライトのひとつとなっている。そのメドレーでは次のような曲が取り上げられていた。マイケル・マクドナルド「I Keep Forgettin’」、クール・アンド・ザ・ギャング「Summer Madness」、アイズレー・ブラザーズ「Footsteps In The Dark」など。

私事で恐縮だが、2022年の来日公演ではこのメドレーに、トム・トム・クラブ「Genius Of Love」が取り上げられており、演奏が始まった瞬間、落涙したのだった。というのも、大好きなティナ・ウェイマスのベースラインを大好きなローラ・リーが弾いていることで感情がおかしくなってしまったからだ。先行カットされた「Love International」は、このメドレーに組み込まれていてもまったく違和感のない曲だ。このアイズレー・ブラザーズ風のベースラインを聴いて踊らずにいられる人はいないと思われる。そして、これほどドラマティックな展開の曲は、これまでのクルアンビンになかったはずだ。

ラストはエリック・サティの「家具の音楽」的な趣の「Les Petit Gris」でしめやかに幕を閉じる。『A LA SALA』は全編に親密さ漂う作品だが、その演出にダイナミクスを感じる。来客が帰った後、リビングルームで一人過ごしているときのような安堵と寂寞が漂うラストが深い余韻を残す。(鳥居真道)






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