Review

Róisín Murphy: Hit Parade

2023 / Ninja Tune / Beatink
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チャートにおもねらない2人が名付けた“Hit Parade”という諧謔と自信

16 September 2023 | By Yuki Okouchi

ドイツはハンブルグを拠点とする奇才DJ/プロデューサー、DJコーツェのライヴ・セットが行われた2019年末の《Sydney Opera House》。風変わりかつ温かみのあるダンス・トラックでクラシック・ホールがフロアと化すなか、サプライズで花を添えたのが、キャリア30年を数えるアイリッシュ・ディスコ・ディーバ、ロイシン・マーフィーだった。

ロイシンはコーツェ渾身の意欲作『Knock Knock』(2018年)に参加し、出色のコラボ曲を2つ生み出した。ライヴのラストにふさわしい心躍る「Pick Up」で、サンプリングされたグラディス・ナイトに代わり「私たちの中に、先に別れを告げたい人は誰もいない」と歌うロイシンは、直後に迫るコロナ禍を予期し、盛宴の終わりを惜しんでいるようにも見えてくる。

そのパンデミック真っただ中にリリースした前作『Roisin Machine』(2020年)は、旧知のDJパロットとともに、欲望をストレートに表現した自信にあふれるダンス・ミュージックの坩堝だ。《Pitchfork》のインタヴューでは、「クラブがやっていない時期にクラブ・レコードを出して災難」としつつも、リスナーからは、救われた、という反応を受けたと語った。繰り返される行動制限の中、イヤホン1つで逃げ込めるディスコとなったこのアルバムに幾度も興奮し、心を癒された人の多さは、キャリアハイといえる高い評価のレビューが並び、商業的にも過去最高となったことからも明らかだろう。コロナでクラブ・シーンが翻弄されたことが逆にリスナーのニーズの生み、結果的にロイシンが自信を深めたというのは、なんとも絶妙な巡り合わせだ。

その『Roisin Machine』から3年、『Knock Knock』からは6年をかけ、コーツェ全面プロデュースの新作『Hit Parade』がついに届けられた。身動きが取りづらいからこそ思索とインプットを重ねたロイシンが、サンプリングを駆使したヒップホップ的遊び心にあふれるコーツェと、数年にわたり繰り返したプライベートな試行錯誤の成果が詰まった傑作である。スタジオではなくパソコン上で醸成された楽曲たちは、停滞を嫌うロイシンらしく、通底するサイケデリックさとユーフォリックさを連れ立ち、前作の成功で集まる期待を飛び越えて勢いよく新たな次元へと突き抜けていく。何かを目指すでもなくリモートでデータを打ち返し合う刺激の中で生まれるアイディアを楽しんだコーツェは、ロイシンがベストだと伝えたテイクもさらに改変していったという。一筋縄ではいかない制作プロセスにも興味は尽きない。

メロウな70年代ソウルをサンプリングし、甘い雰囲気の中で“coo coo”とふざけあいながら愛をささやくフックが耳から離れない「CooCool」や、コーツェ真骨頂のグルーヴとノイズがかってざらついたヴォーカルが絡み合う、ビヨンセに提供されたって違和感のない「Two Ways」、フォー・テットを彷彿とさせる柔らかな質感のエレクトロニカの波の中で直立しながら「死んで消え去る愛は要らない」と静かに繰り返す「Eureka」、リル・ルイスのクラシックを下敷きにジェイミーxxとリンクするディープハウス「Can’t Replicate」など、一定のアクセシブルさを持ちながらも、アルバムの中で曲の振れ幅が大きいことに舌を巻く。

7月に50歳となったロイシンが経験した父親の死や過去の恋愛など、パーソナルな感覚も随所に表れる。「Fader」では、自らの死も強く意識した感傷的な歌詞に加え、生まれ育ったアイルランドの街・アークローで自ら監督したモノクロのPVを制作した。

高揚感に満ちた「Free Will」では、恋に落ちるかどうかに自由意志なんて無いんだと、酸いも甘いも振り返り総括するようなリリックで、「Roisin Machine」に練り込まれた欲望や嫉妬をもはや達観したロイシンが軽やかに歌い踊る。

初めて聞いた時には違和感があった『Hit Parade』というタイトルは、チャートやトレンドにおもねらないロイシンとコーツェには正直似つかわしくないと思ったが、そこには、冗談めかした言葉遊びの裏に、アルバムに納めた12曲への絶対的な自信がこめられているのではないか、と今では思えてならない。 アルバム冒頭を飾る「What Not To Do」のムーディーマン・リミックスを原曲に先駆けリリースしたほか、ロイシンを心酔するジェシー・ウェアに招かれて彼女のクラブバンガー「Freak Me Now」を鮮やかにアップグレードさせるなど(PV必見!)、順調に露出を重ねてアルバムへの期待感を高めるさなか、やはり人生は思うようには進まない。ロイシンは初めて経験するSNSでのバックラッシュに見舞われた。 概要を説明すれば、個人的なFacebookアカウントで、トランスジェンダーの若者が性自認と異なる二次性徴を止めるための思春期阻害薬(Puberty Blockers)を利用することなどを批判したのが広まり、LGBTQ+コミュニティからの多くの批判(と同時に、発言を擁護する層からの称賛も)があふれたのだ。

 

ロイシンがここまで積み重ねてきたものは、ジャケットや衣装にあふれるカラフルさや異形さ、そしてディスコとともに生きてきたアイデンティティーが標榜する、あらゆる人たちが受け入れられ、踊り明かせる空間の創造だったはずで、それについてロイシンも発言を謝罪するなかで言及しているが、今作と関係のない発信で大きくつまずいてしまったことに間違いは無い。しかし、過去にとらわれず変化できるしなやかさと、さまざまなコラボレーションのなかで多様性を表現することが本懐だと示し続けてきたロイシン。いつか訪れる死まで、人生をいかに漕ぎ進め、誰とどのような音楽を作り上げていくのか、これからも目を離すことはできない。(大河内由紀)

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