よりフラットにルーツ音楽に接し、あぶり出される人間くささ
まず一曲目の「Hold You Down」をプレイしてみると、一音一音旋律を確かめるようにして歌うエズラの歌い方からして全く別なアーティストのようだ。賛美歌を歌うクワイアのサンプリングに小鳥のさえずる声と来たら「牧歌的」なんて言葉も思い浮かぶ。美しいハーモニーで彩られたそれは、家族でも、学校でも、教会でもいい、子どもの頃に戻って、歌を歌うことの楽しさ、歌うことで隣の人とも繋がることができる喜びに浸っているような。そして一番印象的なのは、ペダル・スティール(近年はベックらの作品にも参加している元ファンキー・キングスのベテラン・スティール奏者=グレッグ・リーズが2曲弾いている)やスライド・ギターを多用した曲がアルバムに目立つこと。これまでアフロ・ポップを取り入れようが、ヒップホップを取り入れようが、ニューヨークのプレッピーな青年たちであることに変わりなかったバンドが、よりフラットに外の世界に接しているような印象だ。
そんな新機軸の理由の一つは「Hold You Down」を含めたダニエル・ハイムとの3曲のカントリー・デュエットにあると思う。別な男性の花嫁になる目前の女性とその元恋人と思われる男性が2人で掛け合う「Hold You Down」、幸せいっぱいと思っていた結婚生活と現実とのギャップに直面する夫婦が歌う「Married in A Gold Rush」、元メンバーのロスタム・バドマングリが弾く12弦ギターに乗せて「僕らはとっても息が合う、鍋とフライパンみたいに、波と砂みたいに、便と缶みたいに」と歌う「We Belong Together」と、いずれも愛を明確なモチーフにしているのだ。
昨年、エズラ・クーニグとパートナーのラシダ・ジョーンズとの間には息子が生まれたという。そんなことを考えれば、親としての責任感や愛情そのものに向き合わずにはいられなかったことは容易に想像がつく。また、前作以降の6年間のあいだ、ロスタムがバンドを離れ、クリス・バイオ、クリス・トムソンもソロ作を発表、エズラ自身もソロ・ワークが増え、「個人」との向き合いは圧倒的に増えただろうし、このアルバムは彼が30代になって初めて作ったヴァンパイア・ウィークエンドの作品でもある。これらの曲は、自分の人生を振り返って思いにふけったり、これから立ち向かう大きな困難も強い愛情を持って乗り越えていこう、と思いを新たにするような、今まで以上に彼の人間くさい側面を見せているようにも思う。
アルバムを聴き終えると直ぐに、2017年の末ごろ、エズラが(前作に引き続きプロデュースを務めた)アリエル・リヒトシェイドと共にケイシー・マスグレイブスのライブに足を運んで強い感銘を受けたエピソードを思い出した。そのケイシーは先日の来日公演でも「アメリカに住んでいてニュースを見ていれば怖いことがたくさんあるけど」と言って「Love Is A Wild Thing」を歌ったが、私の頭にはアルバム『Golden Hour』で、愛の純真で野生的な強さを歌ったケイシーといまのエズラがシンクロせずにいられなかった。
ニューヨークからロサンゼルスへ居場所を変えたエズラだが、このアルバムはそんな西漸の道のりの半ばを描いているかのよう。南部の音楽にも触れたり、無邪気に細野晴臣をサンプルしたりしながら、これまでを回想したり、少し孤独も味わったり、よりよい未来を夢見ながらも、その場所(西海岸)は雨も降るらしい(「This Life」)なんてことにも気付きながら。それでも前に進んでいかねばならない。愛を大事にしながら。(山本大地)
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