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Simo Cell & Abdullah Miniawy: Dying Is The Internet

2026 / Dekmantel
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すべてが変わり果てたインターネットへ、二人のユニークでタフな声明

06 April 2026 | By tt

2010年からアラブ諸国で同時多発的に起こった民主化運動(アラブの春)は、デモの組織化からリアルタイムでの情報の拡散、国際的な連帯の促進にいたるまで、FacebookやYouTube、Twitterをはじめとするソーシャルメディアが大きな役割を果たした。紛争や軍事政権の復活といった現在にいたるまでの当事国の困難なその後の状況を考えると、これらをポジティブに捉えることは容易ではない。一方で抑圧されていたマイノリティや市井の人々の手により、インターネットやソーシャルメディアが政治と社会の変革に大きな影響を与えるツールになっていく機運を感じさせもした。それは決してネガティブなことではなかったのだろう。当時エジプトに暮らしていた、詩人であり音楽家のAbdullah Miniawyはまさにそんな時代の渦中にいた。

Miniawyが初めて詩を書いたのは8歳のころで、きっかけはテレビから流れてきたテロ攻撃に関するニュースであり、内容は一種の反テロ詩だったという。ムバラク政権下で当時属していたアンダーグラウンド・シーンも厳しい政治的圧力下にあるなかで、18歳のMiniawyの詩は市井に広まり、当時のシリアやチュニジアをはじめとするアラブ諸国で起こっていることの代弁者として待望されるようになった。さらにフランス文化センターやゲーテ・インスティテュートとの繋がりから各国の報道機関にも取り上げられたことで、Abdullah Miniawyの名前は国際的に知られることとなった。彼が「エジプト革命の声」と言われている経緯であり所以である。

2016年の欧州へ亡命して以降、Miniawyはドイツとフランスの拠点を行き来しながら音楽や演劇などのソロ・ワークスと並行して、様々なプロジェクトやコラボレーションを展開している。アラブの春後の政治的混乱を背景にスーフィー詩とミニマルでスモーキーなジャズを組み合わせた、フランス系スイス人のジャズトランペット奏者=エリック・トラファズとのプロジェクトLe Cri du Caireから、もっとも多くタッグを組んでいるミュンヘンのトリオCarl Gariとのドローン・テクノまで、ジャズとエレクトロニックミュージックを越境しながらアラブの旋律や詩を持ち込むことで欧州のクラブシーンのなかで存在感と影響力を高めていった。最新作『Dying is The Internet』は、パリのDJ/プロデューサー=Simo Cellとのタッグで、2020年の『Kill Me or Negociate』以来、じつに6年ぶりとなる。

『Dying is The Internet』のタイトルについてCellは、「インターネットがもはやアイデアを共有する場所ではなく、デジタルビジネスのなかで生き残るための場所になってしまった(=魂を失ってしまった)」ことへのマントラであるとその由来を語っている。複数のメディアでは難解ゆえに紐解けずにいるAbdullah Miniawyのリリックもデジタル疲労やアテンション・エコノミーなどがテーマになっているらしく、本作は争乱の時代におけるソーシャルメディアの現在に対する、二人のある種の批判であり絶望的な眼差しを反映したものだ。

Miniawyの抑制された歌唱と、ダブステップからテンポが徐々に上がり変容していく「I See The Stadium」から本作は始まる。背景のように聴こえる、ナイロビのグラインドコア・バンド=DumaのLord Spikeheartによるハーシュボーカルは過多な情報の波に飲み込まれて窒息寸前な人々を、リバーブの効いたトランペットとリズムパターンが一定に留まらず微細に変化していくビートに乗っかるMiniawyの浮遊感漂うオートチューン・ボイスからは、不安定なネット空間を漂いながら寄る辺のない人々の姿が浮かび上がってくる。

中盤、本作のなかで唯一ビートを排したアンビエント「Tear Chime」で束の間の安寧が訪れる。しかし続く「The Delta Effect」ではアラヒア語のリリックがループしながら跳ねるようなパーカッションへとリズムが変化し、複雑なハンドクラップと変則的なキックにMiniawyのオートチューンのかかったメロディアスなテナー・ボイスが揺蕩う「Living Emojis」から、Miniawyによる調子外れのスキャットとログドラム風のビートが絡みながらシンセ・ストリングスに塗りつぶされる「Easing the Hearts」のフィナーレまで、総じて本作は目まぐるしいテンボやサウンドの変化によってムードがコロコロと変化していき安定しない。それはまるで、ソーシャルメディアとインターネット空間の脆弱さと不安定さを表しているようにも思える。

Miniawyは本作について「新たな世界的革命の引き金となるものについての、遊び心のある予言」と表現している。そんな本作の絶妙なニュアンスの変化を緻密に表現したプロダクションは、ダブステップからアフロビート、ジュークまで、あらゆるビートを縦断していくもっとも前衛的なDJ/プロデューサーの一人であるSimo Cellとの共同作業だからこそ生まれ得たものだろう。同時にAIやフェイク画像/動画やインプレッション稼ぎを筆頭とする欲望で埋め尽くされてすっかり変わり果ててしまったソーシャルメディアとインターネットへの批評にもなりうると思う。アラブの春を経たMiniawyからそうした批評的・絶望的な眼差しがでてくることの重さはあるが、それでもCellとともに遊び心を忘れないその姿勢にはタフさと頼もしさもある。実験的な音楽家二人による挑戦的なダンスミュージックである本作は、絶望の地点からふたたび社会の変革を起こさんとする、世界に向けたユニークだが力強い声明である。(tt)

参考: SHAPE+ Platform – An interview with Abdullah Miniawy


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