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Brìghde Chaimbeul: Carry Them With Us

2023 / tak:til
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ドローンと旋律が生むダンス・ミュージック

09 February 2024 | By yorosz

『ミッドサマー』のヒットにより再び光が当たることとなったフォーク・ホラーの系譜、その始祖と位置付けられるカルト的名作ロビン・ハーディ監督作『ウィッカーマン』の冒頭、警官ニール・ハウイーが少女の捜索願いを受け孤島サマーアイルにプロペラ機で降り立つシーンには、その地が彼が熱心に信ずるキリストの教えとは別の理で動く世界であることを暗示するかのように響いてくるサウンドがある。グレート・ハイランド・パイプス(通称GHP)、バグパイプ族の中でも最も広く演奏され、呼気を送るためのブローパイプと旋律を演奏するための管であるチャンター、そして3本のドローン管を備えたこの楽器は、その名の通り、サウンドとヴィジュアル双方の特異さによって映画の舞台であるスコットランド、ハイランド地方の文化的独特さを伝える、正にシンボルである。

しかし一方で、グレート・ハイランド・パイプスに代表されるバグパイプ族に、他にも様々な種類の楽器が存在していることは(特にバグパイプという言葉がすなわちGHPを指すものとして扱われてしまっている日本にあっては)あまり知られていないのではないだろうか。

音色や構造としてはGHPに近いながらも、サイズや音量の小型化、呼気ではなく脇に挟んで操作するふいごで空気を送り込む方式をより多く採用するなどの特徴を持ち、スコットランドの南部で多く使われることからローランド・パイプスとも呼ばれるスコティッシュ・スモールパイプス(通称スモールパイプ)も、そんな忘れかけられていたバグパイプ族の一つであったのだろう。

スカイ島出身、ゲール語を母国語とし、幼い頃からチャンターやハイランド・パイプスに親しみ、14歳の頃に著名なバグパイプ製作者であるHamish Mooreによるスモールパイプを手にしてからはその演奏を学んだBrighde Chaimbeul(ブリーチャ・キャンベル)は、17歳の頃にはBBC Radio 2 Young Folk Award 2016を受賞するなど早くから注目を集め、翌年には《Rough Trade》傘下のフォーク・ミュージック専門レーベル《River Lea》*¹ と初めて契約を交わしたアーティストとなり、この楽器の復興を担う一翼と目されている。2023年にはCaroline Polachekの話題作『Desire, I Want To Turn Into You』にも参加(8曲目「Blood And Butter」)し、ささやかながらその活動領域をポップフィールドにも拡張したことから、名前に見覚えのある方も多いかもしれない。

間奏がBrighde Chaimbeulによるスモールパイプのソロパートとなっている。


彼女は2019年に《River Lea》よりデビュー作となる『The Reeling』をリリースし、この時点でフォーク・ミュージックのメディア以外でも《The Guardian》や《The Quietus》で取り上げられるなどの評価を得ていたが、今回紹介する2023年リリースのセカンド・アルバム『Carry Them With Us』は演奏/プロデュースの両面にアーケイド・ファイアやボン・イヴェールのコラボレーターとしても知られるサックス奏者Colin Stetsonが関わったこともあり、より広い層にその魅力をアピールできる一作だ。本作は前作に引き続き《The Guardian》や《The Quietus》で取り上げられた他、《Bandcamp Daily》でも「Pagan Fires Burning: The New Wave of Dark Folk from the UK and Ireland」という特集の中でLankumなどと共に紹介されており、実験的ケルト音楽やそれをフォーク・ホラーの系譜と関連付けて捉える視点からの評価は更に高まっているといっていいだろう。

しかしながら本作の魅力は楽器やアーティストの出地が纏う異教性、そのドラスティックな解釈としてのフォーク・ホラーの存在を鑑みずとも、刺激に満ちたものである。そこで本稿ではこの楽器の独特な性質を踏まえ、出来得る限りサウンドへの具体的な言及を行いながら、その魅力を紐解くことを試みたい。


GHPに比べ音量が適度に小さいスモールパイプは、その特性上室内での演奏や他の楽器との合奏に適しており、この楽器を扱う奏者の作品(例えば先に名前を挙げたHamish Mooreや、Brighde Chaimbeulとの共演作もあるRoss Ainslieなど)もそのような形式のものが多く、彼女が2019年にリリースしたデビュー作『The Reeling』も多くの楽曲はフィドル、更にハーモニウムや歌との共演となっていた。

そして本作も全9曲中実に7曲がColin Stetsonのサックスとの共演となっているのだが、そのサウンドは前作とはやや印象が異なっている。

前作におけるスモールパイプとフィドルの組み合わせは、(作中で演奏される楽曲のほとんどがトラディショナル・ソングであることも要因となって)同様の楽器編成が多く用いられるスコットランドやアイルランドの伝統音楽、ケルト音楽の系譜を非常にストレートに想起させるものであったが、本作では共演楽器となるサックスが(アイリッシュ/ケルト音楽で用いられることはあるもののフィドルほどには)この地域の音楽のシンボリックなサウンドではなく、加えてStetsonがサックスの中でもバリトンやバスといった低音域のものを得意としここでも用いているため、結果としてその内容は(依然として作中の半数以上がトラディショナルであるにも関わらず)ケルト文化圏だけに留まらない聴取を引き込むものとなっている。

例えば2曲目、Stetsonが披露するサックスの循環呼吸を用いた演奏とスモールパイプのフレーズが重なる場面は、バグパイプという楽器がそもそも笛の循環呼吸による演奏を代用する発想から生まれていることを鑑みると、起源を同じくしながら異なる文化の中で発展を遂げた楽器の時空を超えた共鳴を耳にしているかのようであるし、また他方では6曲目におけるStetsonによるリバーブを纏い低域からリフトアップするサウンドやLFOのかかったシンセベースを思わせるサウンドなどが、より現代的なエレクトロニック・ミュージックやアンビエントの観点からスモールパイプのドローン管のサウンドを聴くことを促してくれる*² 。

思い起こせばバグパイプのドローン管の(五線譜上はユニゾンや五度の和音など簡素でありながら)底知れぬ豊かさと複雑さを感じさせる響きは、Yoshi Wadaを魅了し*³ 、フィル・ニブロックもそれを用いた作品に取り組んでいたり*⁴ と、ドローン・ミュージックのレジェンドが深い関りを持ってきたものであり、その実験的な音響を欲する耳を射止める力は既に歴史が証明しているともいえるのだが、トラディショナルが中心的に演奏され各楽曲がコンパクトに収められた本作においてもそのような力をありありと感じることができることには、やはり新鮮な驚きがある。

SXSWフェスティヴァルでの演奏の様子。スモールパイプには呼気を送るブローパイプを備えたものもあるようだが、彼女は一貫して脇に挟んで操作するふいご式のものを使用しているようだ。この動画ではアルバムの1曲目と5曲目、更にそこからの変奏と思われるメロディーが演奏されており、ドローン管の音程を合わせる様子や、旋律の中に細かなトリルでビブラート的効果を入れる演奏法などが確認できる。


また、ドローンだけでなく旋律の面でも本作は魅力に満ちている。

収録楽曲の多くはトラディショナル・ソングであり、基本的には8小節(もしくはその半分や倍)の単位でメロディーが反復していく構造が見られ、それがゆっくりと演奏されれば牧歌的(時には密教的)な、速く演奏されれば舞踊的/祝祭的な趣となるのだが、後者のスコットランドやアイルランド音楽におけるポピュラーなスタイルであるリールを思わせる舞踊性を湛えた楽曲群においてはメロディーが反復されたうえで途中で切り替わる構成がとられており、そのうえメロディーが替わると同時に拍子の切り替えが起こったり(2曲目)、4小節ごとにメロディーを変奏的に切り替えていったうえで明らかに異なるメロディーへの切り替え時に一瞬のブレイクを挟んだり(3曲目)、4小節+5小節のメロディーを反復しながら徐々に小節線の曖昧な即興的変奏へ移行していったり(5曲目)、2種類のメロディーをモザイク的に組み合わせたり(7曲目)と構成に工夫が見られる。聴く者にビートを感じさせる条件(一定の速度感や反復性)を満たしたうえで、その機能性をキープしながら展開が加えられたこれらの楽曲には、クラブ・ミュージック的な感性(例えば異なるリズムを繋いでいくDJミックス的思考)を窺うことも可能ではないだろうか。

また、加えて筆者の耳を引いたのがその独特なタンギング*⁵ のニュアンスである。GHPやスモールパイプは、その構造上「息を途切れさせる」ことができないため、例えば「ドドドド レレレレ」のように同一音程を途切れさせながら連続して発音することが苦手な楽器なのだが、本作では3曲目や5曲目でこのような発音が頻繁に用いられている。スモールパイプのチャンターでのこのような発音は、その音のポジションからいずれかの指を一瞬だけ外す、つまりは一瞬他の音に移動して戻ってくるという方法で実現され*⁶ 、一瞬であるためはっきりと別の音程が挟まれるわけではないものの、同一音の連続の中に時折ノイズのようなサウンドが介入することがあるようだ*⁷ 。

本作においても同一音の連続が特に速いテンポで行われる3曲目において、特徴的なノイズを多く聴き取ることができるのだが、このノイズの介入は、同一音を畳み掛けながら展開されていく旋律の動きに、けもの道を意に介さず蹴り進んでいくような勇猛な節回しを付加しており、旋律の反復が生む舞踊性を加速させる素晴らしい効果を生んでいる。

旋律とそれを構成する音という異なる単位での反復に対する工夫やニュアンスがかけ合わさることによって、結果としてこれらの楽曲は、ドローンと旋律で構成されていることが信じがたいほど心底踊れる音楽となっている。


そしてもちろん本作は、これまで述べてきたようにエレクトロニック・ミュージックや実験的なドローン・ミュージック、そしてクラブ・ミュージック的な感性を大いに受け入れることができる音楽でありながら、スコットランドのトラディショナルやアイリッシュ・ミュージック、ケルト音楽などの旨味をしっかりと有したものでもある。前述したようにサックスはアイリッシュ/ケルト音楽を象徴するようなサウンドではないのだが、例えば8曲目の旋律の背後に脈打つジグ的なノリが、9曲目の旋律の随所に挟まれる装飾音が、そして5曲目におけるスモールパイプのチャンターとサックスによる見事な同期が、複数の楽器による細やかな旋律のユニゾンによって成り立つアイリッシュ・ミュージックの鼓動を深く体感させてくれる。

本作の凄まじい舞踊性、それがもたらす陶酔やトランスの感覚は、そのままスコットランドやアイルランド、そしてより広くはケルト文化圏の音楽を楽しむための下地となってくれるはずだ。そう、その深淵なる世界への誘いとして、これほど相応しいものはない。(よろすず)



*¹ 《River Lea》からの作品Ye Vagabonds『The Hare’s Lament』にはBrighde Chaimbeulも参加している。

*² 現代的なエレクトロニック・ミュージックやアンビエントと本作の架け橋となる一作として、Colin Stetsonの『Chim​æ​ra I』をおすすめしたい。この作品には彼の音響への偏執性がヘヴィー・ドローン的な構成の中でフルに発揮されており、録音の質感やそれがもたらす雰囲気は本作とも響き合っている。

*³ Yoshi Wadaの『Lament for the Rise and Fall of the Elephantine Crocodile』の2曲目ではバグパイプに触発された自作楽器が全面的に用いられている。

*⁴ フィル・ニブロックがバグパイプのために作曲した作品「Expl Watson」
https://phillniblock-mm.bandcamp.com/track/expl-watson

*⁵ タンギングは管楽器において舌を用いて音を切ったりする操作を指すため、厳密にいうとバグパイプは「タンギングができない」楽器なのだが、その代用として用いられる後述の演奏法と効果をここでは便宜上タンギングと表現している。

*⁶ このようなバグパイプ族独特の演奏法についてはこちらに詳しい。
http://oto.temiruya.com/archives/2012/01/2_13.html

*⁷ バグパイプ族のこういった演奏によって目的の音の前に微かな楽音やノイズが挟まる様は他の楽器の演奏に影響を与え、アイルランド音楽を特徴付ける要素であるロールやカットといった装飾音の起源となったといわれている。

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Caroline Polachek『Desire, I Want To Turn Into You』
http://turntokyo.com/reviews/desire-i-want-to-turn-into-you-caroline-polachek/

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