Review

Becca Mancari: Left Hand

2023 / Captured Tracks
Back

自らを経由しコミュニティへと捧げられた信念の歌

19 September 2023 | By Yasuyuki Ono

ベッカ・マンカリは非常にパーソナルで、オープンな作品を生み出すシンガー・ソングライターだ。“寛容性”というテーマのもとで制作された前作『The Greatest Part』(2020年)では、セクシャル・マイノリティとしての過去から連なる自らの経験と生活の姿を描きながら現状への生きづらさを感じている他者に対するエンパワーメントやレジリエンスの在りようをドリーミーなインディー・ポップ・サウンドのもとで描いた。それから約3年ぶりにリリースされる本作においても、上述した志向性は一貫している。

マンカリが共にバンドを結成していた盟友、ブリタニー・ハワードをフィーチャリングしたアルバム・オープナー「Don’t Even Worry」では、太く力強いベースと軽快な生ドラムによるソウルフルなサウンドのもと、非白人のセクシュアル・マイノリティの友人たちとの友情や関係性が歌われる。前作のプロデュースも務めたパラモアのザック・ファロが力強いドラムで先導するインディー・ポップ「It’s Too Late」や、シルキーなエフェクトのもとで空間的に重ねられたヴォーカルやストリングスが印象的な「Mexican Queen」は、メキシコにルーツを持つというマンカリのパートナーへの愛や、パートナーに対する自らの家族の否定的態度が生んだメンタルヘルスの問題を歌った楽曲だ。加えて、前作にも参加し過去には一緒にツアーを周り、パラモアのヘイリー・ウィリアムスがメインとなった《Tiny Desk (Home) Concert》 では一緒にバックバンドを務めた友人のジュリアン・ベイカーがバック・ヴォーカルで参加した「Over And Over」は自らのクイアとしてのセクシュアリティを抑圧されながら、苦く、つらい経験をしたフロリダでの生活を下地とした軽やかに弾むビートとシンセサイザーが鳴り響くシンセポップ・ナンバーで、マンカリをして「しっかりとしたクイアなポップ・ソング」という本曲は同様の境遇にあるクイアの人びとへと捧げられた一曲となっている。

アルバム・タイトルである「Left Hand」とは、マンカリのルーツであるイタリアにある家の紋章が左手をモチーフとしていることから名づけられたものだという。左利きの子どもがそれを“普通”で“自然”ではないものとして右利きに矯正されてしまうという慣習を引き合いにだしながら、マンカリは左手というアイコンをクイア・コミュニティと結びつけ、自らの過去から今に至る生を描いた作品の名前として用いたのだと語る。過去の記憶と折り合いをつけ、こんがらがった状態の中で現在の生を何とか一歩ずつ刻み、他者へと自らの経験や志向の過程を共有しながらコミュニティ全体をエンパワーメントする。マンカリにとって自らがこれまでに出会ってきた仲間たちとともに楽曲を生み出し、歌い、演奏することはきっとそのような希望と挑戦心に満ちた行為なのであり、本作を貫くのは上述したタイトルにまつわるエピソードを含めたマンカリのコミュニティに対する強い使命感なのだと思う。(尾野泰幸)


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