Review

ASPIDSITRAFLY: Altar of Dreams

2022 / KITCHEN. LABEL
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受け入れるほかない時間という希望、風の行き先

13 April 2022 | By Haruka Sato

ASPIDISTRAFLYは、シンガポール出身のシンガーソングライターApril Lee、プロデューサーで《KITCHEN. LABEL》を主宰するRicks Angからなるデュオ。前作は、ヴァシュティ・バニヤンが引き合いに出された、やわらかな日が差し込むような、はたまた、暖炉を眺めているかのような温もりのある作品だった。それから10年を経てリリースされた本作は、自然の厳しさをも甘受するような諦念にも似た強さを獲得している。というのも、サウンド・コラージュはより多層的になり、そのサウンド自体も映像作品や90年代のJポップからのサンプリング、嵐のような轟音など個性を増し、厳しさに呼応する激しさがあるのだ。特にSUGAI KENが参加した「Silk and Satins」は、アルバムのこの激しさと実験的な側面を牽引している。

作品にこのような変化をもたらした10年間の制作期間は、Aprilが困難を抱えていた時期と重なっていたそう。インタヴューでは、明晰夢に現実からの休息を求め、アルバムの構想を明晰夢から得たこと、そして、アルバムの後半では、無意識のうちに過ごした蜃気楼のような昼夜とキリスト教の信仰とが相まった末の困難からの解放を表現していると話している。実際に、ちょうど真ん中の「Moonmilk」は、あちらとこちらが溶け合うような揺らぎのある楽曲で、それ以前には不穏さが潜み、それ以後には悠々とした落ち着きが通底している。すなわち、このアルバムはAprilが過ごした10年そのものと言ってもいいはずだ。

では、もう少しアルバムの構成に気を配ってみよう。転換点の「Moonmilk」を除き、サンプルを用いた楽曲とAprilのヴォーカル曲の組み合わせが繰り返されている。またモチーフや特徴も繰り返されていて、たとえば、M2「The Voice of Flowers」とM7「Altar of Dreams」は厚みのあるアコースティック・アンサンブルとブレイク、M3「Interlude: Chrysalises and Larvae」とM8「Silk and Satins (Feat. SUGAI KEN) 」はエレクトロニックな上昇音、M4「Companion to Owls」とM9「Quintessence」は8分の6拍子のように。『Altar of Dreams』つまり『夢の祭壇』に納められるのは現実に他ならないため、当然の結果なのかもしれない。人々の営みに自然の循環、数多の繰り返しを内包して時間は流れていく。平穏な日々が続こうが、事件が起きようが、日は昇りまた沈んでいくし、わたしたちは起きて活動して眠る。時間が流れていることは、結末を迎えることへの絶対的な希望なのだから、繰り返される日々の中で絶望する必要はない。

そして、無視できないのは「風」だ。ASPIDISTRAFLYの楽曲には自然現象を想起させる音が多く用いられるとはいえ、今までとは違い、穏やかではなく、前半にまとまっているこの風は、まず困難の表出であろう。また、同じモチーフを繰り返すピアノの隙間を縫い、ページを捲り上げる強風は、アルバムの展開を引っ張り、時間の経過を促してもいる。

最後の楽曲「Quintessence」の終わり際、穏やかではあるが、風を想起させる音が聴こえる。これは、困難へと向かう風なのか、平穏へと向かう風なのかはわからない。でも、栄えと衰え、光と影、繰り返しながら時間は流れ、10年後、100年後、はたまた想像もつかないくらいずっと先かもしれないが、今抱えているものはどこかに辿り着くのだから、何も心配はいらないのだ。(佐藤遥)

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