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《The Notable Artist of 2023》
#9

batata boy


アラゴアスの砂は掴めない

ブラジル、アラゴアス州。国土の北東部に当たる場所に位置し、街の人口や規模はサンパウロやリオ・デ・ジャネイロといった大都市には及ばないものの、Googleの検索窓から覗き見た、その白く光る健康的な砂浜とコバルトブルーの海面から、湾岸部に位置する州都、マセイオがリゾート地として成立するのに充分な資源を有していることが窺い知れる。

このアラゴアスで生まれ育ったSSW/マルチ奏者のBruno Berleが昨年リリースしたデビュー・アルバム『No Reino Dos Afetos』は、その温かいビーチサイドを千鳥足で歩く白昼夢を観ているかのような、健康的な不健康さを体現した一枚だった。くぐもった音像によって輪郭がブヨブヨになった、あまりにも美しいボッサの旋律。それらは明確な曲としての立て付けに拘束されることなく、コーラス(のようなもの)だけを残してするりと流れていってしまう。まさに掴みどころのない、快作であり怪作だ。



このアルバム──むしろその「緩さ」に照らし合わせるならば、何らかのプレイリストやビートテープを聞いている時の感覚の方が近いかもしれない──の掴みどころのなさには、プロデューサーとして本作に参加しているビートメイカー/マルチ奏者、batata boyが大きく寄与している。Bruno Berleと同じアラゴアス出身で、自主レーベル《batata records》を主催しながら様々なミュージシャンとコラボレートする彼のビートには、数多のレイヤーが薄く覆い被さっているような印象を受ける。例えばサンパウロで行われた『No Reino Dos Afetos』リリース・パーティーの出演者を紹介するブラジルの音楽メディア《Tenho Mais Discos Que Amigos!》の記事内で、batata boyの音楽性は「lofi mpb」と評されている。なるほど面白い、確かに彼の作り出すトラックはそう表現したくなる代物だ。

現在23歳の彼が、初めてbatata boy名義でまとまった形でのリリースをしたのは2017年だ。セルフタイトル作である7曲入りのEPには簡素なビートとシンセサイザー、ナイロン弦のギターの音色、そして(後年のトラックにはほとんど収録されなくなってしまった)彼の若々しい歌声が収録。ボッサの方法論を踏襲しながらも、多彩なインスピレーションをMPCをはじめとしたサンプラーの類を通して発揮している彼の姿が見てとれる。ローファイ・ヒップホップのマナーに即した鍵盤のざっくばらんなループが微睡を誘うBruno Berle参加のM4「as cores」や、スクリューさせたグレゴリオ聖歌が不穏に響くラストナンバー「flw tmj」など、その自由闊達なアイデアには目を見張るものがある。



それから間を置いて2020年に発表したEP『batata beats, vol. 1』は、曲数こそ少ないものの、よりボサノヴァ〜MPBとローファイ・ヒップホップとの結節が感じ取れる佳曲が並ぶ。M1「flautinha」におけるクラシックギター、M2「love message」におけるエレピなど、展開せずに1〜2個ほどのサンプルのループで完結させる潔さを会得しつつも、9分にも及ぶラストナンバー「voltas no mundo pt.1」では、なだらかなパッセージのループにトラップのビートをぶつける野心的な試みも行っている。



ここまでの彼の作品に共通しているのは、ボサノヴァやグレゴリオ聖歌といった広範に渡るウワネタと、それらをサンプラーの上で簡素に調理する手法だ。そしてこの二つは、昨年リリースされた二つの作品の中でそれぞれ顔を覗かせている。

一つは先述したBruno Berle『No Reino Dos Afetos』における、トーンを抑えたビート。M2「Quero Dizer」のような、緩みきった歌声に邪魔をしない、極度にくぐもった音色を選択できたのはここまでの「実験」があったからだろう。

もう一つはサンパウロのローファイ・ヒップホップのビートメイカー、garbelaとの共作によるアルバム『Entre Cidades』だ。11曲10分、ほぼワンループのみの極端に簡素なビートが並ぶ中でも、M3「brasilero」やM4「water to drink」といった、ボサノヴァの切れ端を切り貼りしたトラックがさりげなく配置されているのも、彼ならではの仕草と言えよう。



ここまでの彼のワークは、まるでルーツのボサノヴァをあくまでウワネタとした上で、サンプラーとの関係性の中で捉え直しているかのようだ。その試みは『No Reino Dos Afetos』が集めた賞賛によって、アラゴアスどころかブラジルを飛び越えた世界中のディガーの間で認められたかのように思える。彼がどのようにボサノヴァやMPBを調理していくのか、今年からはリアルタイムで追いたい。(風間一慶)

Text By The Notable Artist of 2022Ikkei Kazama


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