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加速する音楽カルチャー ──スピードアップ音楽の変遷と受容

07 May 2025 | By Z△IK△

最近、SNSで聴き慣れた曲が早送りになったものを耳にしたことはないだろうか。このような音楽は「#speedupsong」と呼ばれ、TikTokなどのショート動画プラットフォームを中心に注目を集めている。スピードアップ音楽の人気の理由やルーツは何なのだろうか。


スピードアップ音楽とは

まず、スピードアップ音楽とは何か。これはジャンルではなく、単なる早回しの音楽の総称だ。場合によっては多少エフェクトが加わることもあるが、多くは既存の曲の再生速度を少し上げただけのものだ。試しに「speed up maker」で検索してみると、ブラウザ上で曲の再生速度を上げられるサイトが出てくる。そのため、制作に技術がいらない手軽なリミックス方法として注目を集めている。

Audio Speed and Pitch Changer — High Quality Pitch Shifter

スピードアップ音楽が支持される背景には、いくつかの要因がある。

まず1つは、TikTokやYouTube shortsなどの短い動画を投稿するサービスが台頭したことだ。これらは通常15秒〜60秒、中には10秒にも満たないような短い動画が主流だ。ショート動画を作る際、こうした限られた秒数の中で曲を区切りよく収めるため、倍速にしてちょうどいい長さにするということもあるだろう。

また、歌入りの曲をスピードアップすると原音よりキーが上がり、声の個性が薄れ、単なる音楽素材として使いやすくなるのではないかと思う。

さらに、近年ではタイパ重視の考え方が支持されるようになり、動画を倍速視聴するのが一般的になってきた。普段から動画を倍速で見ている人は、無意識のうちにスピードアップされた音楽に違和感を抱かなくなっているのかもしれない。

加えて興味深いのが、SZAやドージャ・キャットなどのトップ・アーティストが、自分の曲のスピードアップ版を公式にリリースしていることだ。これにより、Apple MusicやSpotifyで気軽にスピードアップ音楽を聴けるようになった。また、アーティスト側にも新しく曲を作ることなく再度収益を得られるメリットがある。

しかし、スピードアップ音楽には著作権上の問題もある。先述のようなアーティスト自身がスピードアップ版を制作する場合はまれで、ほとんどは第三者が無断で編集、アップロードしているのだ。自分の曲ではないのにもかかわらず、速度を変えただけで「別の曲」としてアップロードすることで収益を得ているケースもある。このように、スピードアップ音楽は非常に権利的にグレーなカルチャーなのだ。


スピードアップ音楽はどこから来たのか

スピードアップ音楽は新しい現象のように聞こえるが、その手法自体は実は古くから存在する。「#speedupsong」と呼ばれる以前は、「ナイトコア(Nightcore)」という名前でスピードアップされた音楽が公開されていた。2002年にノルウェーのDJチームが曲の速度を上げた曲を作成したのが起源だ。彼らはトランス(Trance)やユーロダンス(Eurodance)などの曲を25〜30%早回しし、BPMが160〜180程度になるように曲を流した。非常にシンプルな手法ながら、アップテンポで次々と変わっていく曲調と高音のように聞こえるヴォーカルが新鮮に感じられることで好評だった。しかし、この時点ではまだ世界的に支持されていなかった。

ブームが始まったのは2000年代中ごろのことだ。2005年にYouTubeがサービス開始すると、世界中の誰でも簡単に動画をアップロードできるようになった。そんなYouTube黎明期に、著作権を回避しながら音楽を共有する方法として注目されたのが「ナイトコア」だ。毎日無数のスピードアップ音楽がNightcoreというタイトルで公開されるようになった。2010年代にはさらに人気が加速し、中には再生回数が2億回超えの動画や、24時間ナイトコアだけを流し続ける配信もあった。

このブームは2014年ごろにピークを迎えたが、徐々に衰退していき、2020年代にはほとんど「#speedupsong」の影に隠れた。

「ナイトコア」はよくジャンルの名前だと間違えられるのだが、実際は単なるリミックススタイルの一つに過ぎない。EDMもトランスもアニソンも、早送りすればすべて「ナイトコア」と呼ばれる。まさに闇鍋だ。

ここまで見ると「ナイトコア」が現在のスピードアップ音楽と全く同じもののように聞こえるかもしれないが、実は決定的な違いがある。それは、オタクカルチャーと密接に関係しているという点だ。多くの「ナイトコア」は2次元キャラクターのサムネイルとセットで公開される。これはほとんど暗黙のルールのようなもので、正確な理由は不明だ。これは憶測だが、スピードアップすることでヴォーカルが高音になり、アニメキャラクターの声に似るからという理由もあるかもしれない。

「Nightcore」でブラウザ検索したもの

現在流行しているスピードアップ音楽にはこのような特徴はない。スピードアップ音楽はあくまで動画の音源素材として使用されることが多く、特定のヴィジュアルとは結びつきづらいだろう。


「ナイトコア」から「#speedupsong」へ

では、「ナイトコア」から現在のスピードアップ音楽への過渡期には何があったのだろうか。

「ナイトコア」ブームが終わりかけていた2019年ごろ、「ハイパーポップ(Hyperpop)」というジャンルがシーンを席巻した。ハイパーポップはポップのマキシマイズと呼ばれる通り、極端なサウンド・エフェクトが特徴だ。このような情報過多の音楽は、SNSユーザーの無限に新しい刺激を求める感性とマッチした。こうして、スピードアップ音楽は手軽に新鮮さを提供する方法として流行したと言えるだろう。


反転するブーム

興味深いことに、スピードアップ音楽のブームの裏で、「スローダウン音楽」も人気になってきている。多くの場合はスローダウン(Slow Down)だけでなくリヴァーブ加工が施されており、ヴェイパーウェイヴ(Vaporwave)のような気だるげな雰囲気に聞こえる。これらは主にDreamcoreやフルティガー・エアロ(Frutiger Aero)などのインターネット美学とセットで人気になった。

Dreamcoreで話題になったこの曲は、非公式動画にもかかわらず900万再生されている

こちらも特に新しい手法というわけではなく、かつては「Anti-Nightcore」や「Daycore」と呼ばれていたようだ。


おわりに

スピードアップ音楽は今後どのようになっていくのだろうか。単なるSNSの一時的なトレンドとして消費されるのか。あるいは、最初から音楽素材として使われる前提で速い曲が作られ、ジャンル化していくのか。スピードアップ音楽の行く末が楽しみだ。

(文・デザイン/Z△IK△)

Text By Z△IK△


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