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悲しみだけでなく、すべての感情を曲に落とし込む
──新作『everything is alive』をリリースしたスロウダイヴが語るポップソングと実験性のバランス

13 September 2023 | By Kenji Komai

《FUJI ROCK FESTIVAL’23》2日目、RED MARQUEEのヘッドライナーであるスロウダイヴが「Slomo」の幽玄なリフレインを鳴らした瞬間、若い世代のオーディエンスで立錐の余地もないフロアからすさまじい歓声が巻き起こった。

まぼろしのようなまばゆいサウンドスケープと、その奥からたち現れる甘いメロディラインが会場を包み込む。野外フェスという環境が影響しているのはもちろんだけれど、ヴェテラン・バンドのライヴにありがちな、姿を拝めるだけでありがたい、といった侘しさや懐古的なムードは皆無。それは、90年代の名曲群はもちろんプレイされたけれど、それよりも、復活後の彼らの評価を決定づけた「Sugar for the Pill」や、新曲「kisses」といったナンバーがセットリストの核となっていると感じたからだ。2014年の《Primavera Sound》出演による再始動の時点では、世界的なシューゲイザーの再評価という時代の要請に応えたカムバックであったことは否定できない。しかし、2017年のアルバム『Slowdive』リリースと、それに伴う世界各地でのライヴでの手応えが、“現在進行形のインディペンデント・バンド”としての新しいフェーズに向かわせた。

今回の取材で明かしているように、ニュー・アルバム『everything is alive』は、2020年に亡くなったレイチェル・ゴスウェル(ヴォーカル/キーボード/ギター)の母親とサイモン・スコット (ドラムス)の父親に捧げられている。その喪失がアルバムのトーンとなっていることは間違いないが、バンドはプロデューサーでありソングライターであるニール・ハルステッド(ギター)のエヴァーグリーンなソングライティングとエクスペリメンタルな音響の力を信じることで、同じくらい希望と世界への祝福を込め、オプティミスティックなムードを醸し出している。フジロックのステージでニールが陰陽マークのTシャツになぞらえれば、長きにわたり苦楽を共にしてきたバンドならではのバランス感覚と新しい音への探究心がこの傑作を生み出したと言えるだろう。ライヴの翌日、苗場の会場でニック・チャップリン(ベース)とレイチェル・ゴスウェルが質問に答えてくれた。

(インタヴュー・文/駒井憲嗣 ライヴ写真/Yuta Kato 通訳/原口美穂 協力/市谷未希子)

今回は動画プログラム《TURN TV》でのQ&A方式の質問企画、「THE QUESTIONS✌️」にもスロウダイヴが出演! 動画はこちら、もしくは記事の最後にて!(編集部)


Photo by Ingrid Pop

Interview with Slowdive(Nick Chaplin, Rachel Goswell)

──『everything is alive』は通算5作目、《Dead Oceans》からの2枚目のアルバムとなりま す。2017年のアルバムはセルフタイトルで、1995年の『Pygmalion』から22年を経てまさにバンドの新たな旅立ちを象徴している作品でした。この6年間はあなたがたにとってどんな期間でしたか?

Nick Chaplin(以下、N):そうだね、もちろんCOVID19があって、作業が遅れてしまったことはある。

Rachel Goswell(以下、R):2017年から2018年は前回のアルバムのツアーをまわっていたので、制作ができなかった。

N:ツアーが続いていたので、とにかく短い休みをとりたかった。メンバーみんな家族がいるし、別の音楽プロジェクトもあった。でもCOVID19が起こって、全てが止まってしまった。わたしたちの活動はもともとスロウだけど、そのために、さらに遅れてしまった。

R:2020年10月から2022年2月までスタジオに入って、4つのスタジオでセッションをして、ようやくアルバムが完成した。

──レイチェルはThe Soft Cavalryとしての活動もありましたし、レイチェルとクリスチャン(・セイヴィル/ギター)はBeachy Headとしてアルバムも発表、サイモンはアンビエントなソロ・アルバムをリリースしています。こうしたメンバー個々の活動も、ニュー・アルバムに反映されていると感じますか?

N:それはあまりないと思う。ニールはメインワークとしてスロウダイヴのレコードにフォーカスしていたから。レイチェルとクリスチャンについてもそう。ただサイモンは、モジュラー・シンセが好きだし、フィールド・レコーディングで自然の音を取り入れることを追求していたから、それが今回のアルバムのサウンドに少し入っていることはあるかもしれない。だけれど、基本的には分けていたから、大きな影響はなかったんじゃないかな。

──今回のレコーディングにあたり、ニールはモジュラー・シンセでアイディアを作り、「ミニマルなエレクトロニック・レコード」を構想していたそうですね。

N:ニールはエレクトロニックなサウンドを追求していたことは確かだ。彼は頭のなかでそう考えていたんだけれど、結局この5人が一緒になると、スロウダイヴのサウンドになる。とても自然に、メンバーそれぞれが新しいアイディアを持ってくる。だから、最終的には、最初の構想からかなり変化した作品になったと思う。

──その情報を知って、『Pygmalion』で挑んでいたアンビエント/テクノ的なタッチを予想していたのですが、『everything is alive』は、シンセの音色は印象に残るものの、しっかりとバンド・サウンドでまとめられています。エレクトロニックなアプローチという選択肢もあったと思うのですが、そうならなかったのは、現在のバンド内のムードの良さや、ライヴ・パフォーマンスの充実ぶりが反映されていると言っていいのでしょうか?

R:その通り。

N:『Pygmalion』のときは、バンドは崩壊状態だった。サイモンが脱退して、クリスチャンと僕もバンドも抜けようと思っていた(苦笑)。そういう時期だったのもあって、そうしたバンドの状況が反映されていた。でもこのレコードは違う。多くの人々が期待したように、ニールも僕たちも、2017年のアルバムの後でははもっとエクスペリメンタルなサウンドになるかもしれないと思っていたけれど、でもさっき言ったように、5人が揃うとこうなるんだ。

──「Shanty」と「Chained To A Cloud」ではニールがミックスも担当していますが、それ以外はショーン・エヴェレットがミックスを担当しています。彼に依頼した理由はなんでしょうか?彼の仕事については満足していますか?

R:彼を起用しようと思ったのは、自分たち以外の耳が必要だと思ったから。2年間もレコーディングしていたから、バンドを外からニュートラルに判断してくれる人が必要だった。そこで何人かエンジニアの候補に「Kisses」と「Alife」を送った。そのなかで帰ってきたてテイクで、ショーンのテイクがフェイバリットだった。そこで6曲を依頼することになったんだ。彼の視点は自分たちと違ったし、彼のミックスを聞いて、ほんとうにすごい!と思った。

N:僕らは会えなかったんだけれど、ニールがショーンとふたりで作業をした。彼はとてもクレバーだ。何種類ものミックスのバージョンを作ってくれて、そのなかから選ぶという作業になったので、ギリギリまで時間がかかったけれど、僕らの音楽の持っているいいところをすべて引出してくれて、素晴らしい仕事をしてくれた。僕らはプロのミックス・エンジニアではないから、とても新鮮に聴くことができた。ショーンは自分の考えとアイディアをしっかり持って、それぞれの曲に対して深く入り込んで作業をしてくれる人だ。彼は音楽業界のなかで尊敬されている存在だし、グラミーも獲った。

R:ザ・ウォー・オン・ドラッグスのアルバムでね。

──最後の曲「the slab」のダンサブルなリズムの導入、しかも生のドラムによるアプローチはこれまでになかったタイプの楽曲だと思います。この曲はどんなプロセスを経て完成したのでしょうか?

N:これこそ、ショーンとの作業の過程でもっとも変化した曲なんだ。最初の段階ではプログラミングによるドラムのうえにヘヴィーなキーボードが重なった、とてもダークなシンセサイザー・サウンドに、ロウでエレクトロニックなミックスが施されていて、葬式のようなムードだった(笑)。そうしたら、ショーンがそこにレッド・ツェッペリンのような激しいドラムを入れて送り返してきたんだ。最終的にはその他の曲とバランスを合わせるために控えめになったけれど、とてもエクトリームなサウンドになった。僕がアルバムでもっとも好きな曲で、ライヴで演奏するのが楽しみだよ。

──『everything is alive』と『Slowdive』には、ニールのソングライティングをしっかりと聴かせるということが共通点にあり、高揚感と美しいメロディライン、包まれるようなプロダクションというスロウダイヴのトレードマークを保ちつつも、さらに楽曲のバリエーションが広がっていると思います。ソングライターとしてのニール、サウンド・プロデューサーとしてのニールをどう評価していますか?

R:常に変化していて、ほんとうに進化していっていると感じている。ニールは17歳の時から曲を書いていて、そのときからいつも新しいシーン影響を受け、吸収してきたものがどんどんソングライティングに反映されている。わたしたちが最初に2020年10月22日に最初にスタジオに入ったとき、彼は30もの異なるアイディアを持ってきていた。既に曲になっているものもあれば、短い断片的な要素もあったけれど、そこからメンバーで曲にしていこうというものを選んで、そこから13曲を選び、さらに最終的に8曲を選んだ。

N:ニールはとても素晴らしいポップソングの書き手なんだ。彼の曲には以前からトラディショナルなポップソングが多くて、そのまわりにスロウダイヴのサウンドがある。でも今回に関しては、スロウダイヴ的なサウンドというのをあまり意識しないようになった。もう少しポップから離れて、エクスペリメンタルになりたいという気持ちが今のニールにはあったんじゃないかな。周囲も実験的なスロウダイヴの曲を期待していて、だからこそ、ファーストシングルの「kisses」はとてもストレートなポップソングだから、みんな驚いたと思う。でも彼はきっとまた戻ってくるだろうね。ソロでもフォーク的なトラディショナルな構造の曲をやっているし、そうした要素がスロウダイヴで「Sugar for the Pill」のような曲になっている例もある。

──ニックは以前のインタヴューで「以前はレコードを宣伝するためにツアーをしていたけど、今はツアーのためにレコードを作っている」と語っていましたが、復活後、実に精力的にライヴ活動を展開されてきました。今回のツアーもソールドアウトが続出していますし、新しい世代のオーディエンスからの期待に直接触れて、いかがですか?

R:若い世代と自分たちの音楽が繋がることはすごくラッキーだし、彼らのエナジーを感じることができてすばらしい。最近はファンが自分の子どもたちを連れてきていたりもするし、演奏していて、自分たちが歳をとったというのも感じるようになった(笑)。

N:どんどんオーディエンスの世代が若くなっていて、12歳くらいの子も来ていたりする。僕の娘は12歳で、これまでぜんぜん気にしていなかったんだけれど、周りの子と一緒にTikTokとかの影響で「私のパパはスロウダイヴなのよ」って気にかけてくれるようになった(笑)。新しいファンが一緒についてきてくれないと、バンド自体が生き残ることができないと思うので、すごくうれしいし、ありがたいことだと思う。でも、それがなぜ起きているのかはミステリーだね(笑)。

──今回のアルバムは2020年に亡くなったレイチェルの母親とサイモンの父親に捧げられているとのことですが、とてもメランコリックだけどポジティヴで楽観的な、新しいスロウダイヴのスタイルが定着した作品と言えるのではないかと感じます。

R:特にサイモンにとってはとてもダークな期間で、悲しみを抱えていたときに作った作品なので、こうして仕上げてリリースできて安心した。ふたりともライヴによく来てくれて、スロウダイヴのファンでいてくれたから、そうした思い出も込められている。

N:ニールはすべての幅広い感情を曲に落とし込んでいる。曲の多くは悲しみが歌われていて、世界もたいへんな時期だったけれど、痛みだけでなく希望や幸福も含められているのがこのアルバムなんだ。『everything is alive』というアルバム・タイトルは、その状況をうまく映し出していると思う。

<了>

【THE QUESTIONS✌️】Vol.10 Slowdive

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Text By Kenji Komai


Slowdive

『everything is alive』

LABEL : Dead Oceans / Big Nothing
RELEASE DATE : 2023.09.01
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