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【あちこちのシューゲイザー】
Vol.2
先達への憧憬とアイロニー
「フィラデルフィア・シューゲイズ」という潮流

09 July 2023 | By Kenji Komai

まもなく初来日を果たすアレックス・Gをはじめ、スピリット・オブ・ザ・ビーハイヴ、昨年末重厚な傑作をリリースしたKnifeplayなど、多くの注目アーティストが登場しているフィラデルフィアのシューゲイザー・シーンに熱い視線を注がれている。カルト的な再評価の声が高まるblue smileyをはじめ、これまでも個性的なアクトを生んできた街ではあるのだが、現在の台風の目となっているのがThey Are Gutting a Body of Water(TAGABOW)だ。

中心人物ダグラス・ダルガリアン(Douglas Dulgarian)のソロ・プロジェクトとして2016年に活動を開始しているので“新人バンド”ではないが、もともとニューヨーク出身のダルガリアン自身が、フィラデルフィアのDIYシーンに魅了されたひとりであるので、言わば現地の熱に触発されて活動してきたバンドだろう。心をグッと掴まれるフックを多用したメロディなど、ストレートなシューゲイザーの要素を保ちながら、ドラムンベースやグリッチを導入し、謎めいたリリックが重なる。甘い旋律と歪み、不安定すれすれの音響構築が生む美しさが開花したのは2019年のアルバム『Destiny XL』だ。ブレイクコア/ジャングルの影響下でサンプリングやエレクトロニックなプロダクションの上で抜きん出たソングライティングのセンスが発揮されており、この路線は2021年スプリットEP『EPCOT』をリリースした同郷のFull Body 2との共鳴に繋がっていく。

最新アルバム『lucky styles』(2022年、配信では『s』と別タイトルになっている)においては、ライヴでの再現を無視した、エクスペリメンタルに振り切れている。「kmart amen break」は、いわゆるシューゲイズ的幻想的なギターのノイズの壁から始まるものの、中盤のピッチシフトしたヴォーカルが意表を突く。「behind the waterfall」「threes」といったインストゥルメンタルではゲームのバックグラウンド・ミュージックのような気の抜けたムードを醸し、「webmaster」で再び重厚な王道シューゲイズに移行、と目が離せない。

他にも、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの「What You Want」をサンプルしたラップ・ソング「beauty lighter」を突如SoundCloudにアップしたり、ダルガリアンはFC goris名義でラップEP『FATE ROCK』(2022年)も発表、収録曲「Carasel」ではリリイ・シュシュ(Lily Chou-Chou)「アラベスク」を大胆にサンプリングしている。彼の多作ぶりは留まることを知らず、先ごろもフィラデルフィアのバンド、HookyのメンバーとGOD OF WARなる新ユニット結成をアナウンスし、目眩のするようなドラムンベースのリズムで聴き手をサイバースペースへ誘う。


オーディエンスを煙に巻く彼らの、ステージでのトレードマークと言えるのが、客席に背を向け、4人のメンバーが向き合って演奏するセッティングだ。TAGABOWとWednesdayの2021年11月のツアーを追ったドキュメンタリー『I THINK IT’S OVER』のなかでダルガリアンは「彼ら(観客)が嫌いだからだよ」と皮肉っぽく答えているが、リアルタイム体験者からすると、観客と顔をあわせない態度は90年代からシューゲイズの重要な要素であったことは付け加えておきたい。「メディアが呼ぶ“フィラデルフィア・シューゲイズ”は私の周りではミームになっている」と、ダルガリアンは近年の狂騒とラベリングを腐すものの、先達への憧憬とアイロニー、そしてねじれた遊び心が、TAGABOWの一貫したスタンスとなっている。

ダルガリアンのキュレーターとしての慧眼についても触れておきたい。今年前半のインディー・シーンのハイライトとなった『Rat Saw God』のWednesdayが《Dead Ocean》以前に所属していたのが、ほかならぬ彼が運営するレーベル《Julia’s War》であり、同レーベルから発表されたfeeble little horse『Hayday』は昨年《Saddle Creek》からリ・リリースされるに至った。さらにライヴイベント「Julia’s War Festival」を2022年、2023年と開催し成功させている。

また彼はヴェニュー《Baby Gap》の運営も行っている(どうやらダルガリアンを含むメンバーや関係者が住んでいる家のようだが、詳細は不明)。『EPCOT』収録曲はこの場所でレコーディングされている。いくつかのYouTube(*)(*)の映像を見る限り、リビングルームや地下をそのまま使っており、オルタナティヴなコミュニティ・スペースとしての役割を果たしているのかもしれない。このような活動からも、TAGABOWの原動力に、コミュニティの力を信じ、バラバラに散らばったバンドが協力し合うことのできる、小さな街ならではの可能性を探求していくことがあるように思う。



さて、その「Julia’s War Festival」や《Baby Gap》に出演する多様なアクトのなかで、もうひとつ覚えておいてほしいバンドとしてdousedを挙げておきたい。「Wannabe shoegazers from Philadelphia」あるいは「recycled shitgazers」と高らかに謳うスリーピースは、極めて正統的なシューゲイズ・フォロワーと言っていいだろう。

2021年のアルバム『Murmur』は、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインやスロウダイヴ、ペイル・セインツといったオリジネイターの持つドリーミーなメロディと柔らかい幕のようなギターのノイズをトレースした90’sフィールと清涼感さえ覚える音のフォルムがいまかえって新鮮に映る。最新シングル『cherrycolacrush』では、スコティッシュ・インディー・クラシック、ストロベリー・スウィッチブレイドの「Trees And Flowers」をあっけらかんとカバーしているのにも好感が持てる。2023年3月にはLuby SparksのUSツアー・フィラデルフィア公演に対バンとして出演。NatsukiがTwitterで彼らのパフォーマンスを紹介しているが、その短い動画だけでも、ライティングやステージの立ち振舞いも含めた“正統派”ぶりが窺える。

ダルガリアンは親交の深いシンガー・ソングライター、therとの対談で次のように語る。「史上最も偉大なソングライターの何人かは模倣者だ。ケヴィン・シールズを見ればわかるように、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインも最初はスージー・アンド・ザ・バンシーズの模倣からスタートし、ジーザス&メリー・チェインのパクリバンドとなり、やがて自分たちの声を見つけて、探求し始めた」(《Talkhouse》)。ここからどんなオリジナリティが生まれてくるのか、この言葉をそのままdousedにも捧げたい。

先達への憧憬とアイロニーを交錯させながらバンドたちがひしめき合い、しのぎを削っている。この混沌を混沌のまま受け止めることが、フィラデルフィアのシューゲイズ・シーンの磁場に向き合う態度なのではないかと感じている。(駒井憲嗣)



Text By Kenji Komai


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