ポップ・バンドとしての執念
最新型スカートの“アナザー”ではないスタンダード
2020年の年始も年始、箱根駅伝のためのCMタイアップがついた名曲「駆ける」からはじまったスカートの10周年イヤーは、確かに他のアーティストと同じようにパンデミックによって大きく計画が変わってしまった。ただ、今振り返って改めて気づかされるのは、決して歩みを止めていたわけではない、ということだ。それどころか、緊急事態宣言が出ていた早い時期から月イチで弾き語りライヴ・シリーズ「在宅・月光密造の夜」を始め、その音源(びっしり手書きの入ったコード譜つき!)を都度Bandcampで販売。藤井隆プロデュースのアルバムや藤原さくらへのアレンジ参加など、制作仕事のキャリアも着実に積んでいるし、近いところでは鈴木慶一やPUNPEEの配信ライヴにゲスト出演するというトピックもあった。
そして、なんと言っても10周年記念を銘した大舞台「真説・月光密造の夜」(9月5日 東京・日本橋 三井ホール)の成功だ。ライヴ配信で全国のファンへ元気な姿を見せたこのアニバーサリー公演は、お馴染みソウル・メイトたちによる溌剌としたバンド・アンサンブルはもちろん、彼らとともに歌える喜びに、ほんの少しの戸惑いと感傷を滲ませたような澤部自身のヴォーカルも素晴らしいものだった。昼夜2部構成に変更しての人数制限、ソーシャル・ディスタンスを徹底した現場には残念ながら足を運べなかったが、画面越しにも演者たちの熱い思いが伝わってきたこのライヴこそ、今年の彼にとってはかけがえのないハイライトだったことだろう。他にも《カクバリズム》企画への参加、ソロで行ったいくつかの配信ライヴなど、2020年のスカート澤部渡は、実は例年以上に躍動的に過ごしていたのである。
コロナによる逆風で却ってはずみがついたかのような、そんな一年を過ごしてきたスカートの今作がネガティヴ一色に染められるわけがない。誰もが心身ともに烈しいプレッシャーに曝された今年、澤部もまた抗えない現実と格闘していたに違いないが、彼のソングライティングの強度はそんな逆風で色褪せてしまうほどヤワではなかった。そもそも《カクバリズム》所属以前……自主レーベル《カチュカサウンズ》時代の楽曲を再録した本作の構想自体は、コロナ禍とは何も関係がない。少なくとも2018年ーーメジャー・ファースト・シングル『遠い春』に「返信」の再録(本作収録分とはまた違う編成だ)を収めたころには彼が語っていた展望なのである。まだアプローチの選択肢が限られていたころ、初期衝動の煌めきと引き換えに選ぶことのできなかった道をいまなら探ることができる。発端はそんな純粋な探究心だったのだと思う。
決して大掛かりなリアレンジがあるわけではない。在日ファンクのホーン隊を迎えてよりファンクマナーに忠実になった「返信」、ファズがかった暖かなギターストロークが楽曲の湿度にマッチした「ゴウスツ」など、どの曲も、かつてのアプローチの方向性を踏まえてアプローチのコントロールがより微細に施されている。なにより強調しておきたいのは、それでいて骨子にあるのがバンド編成のライブで培われてきたアレンジだということ。当然だろう……と思われるかもしれないが、明らかにセットリストの起伏を踏襲した曲順、「月光密造の夜」で繰り広げられるシマダボーイや佐久間裕太のソロパートは、それが意図的な主題であることをありありと物語っている。端正な楽曲作りと汗しぶきを飛ばすライヴ・パフォーマンスを平行して走らせ、10年間こだわって“ポップ“であり“バンド“であることを掲げてきたスカート。本作に、その立ち姿がかつてないほど生々しくパッケージされているのは、バンド編成のライヴが半ば封じられている現在への彼(ら)なりの執念に他ならない。本作はこれまでの活動の総まくりである一方で、まごうことなき2020年のスカートの状況を反映したドキュメントでもあるのだ。切れば血の出るような緊迫感をひときわ強くかかえた初期の彼のソングライティングが、時を経た現在の彼らにこんなにもばっちりハマっているなんて!
実は、スカートによる過去曲の再録は今回が初めてではない。本作の収録元である『エス・オー・エス』(2010年)から『サイダーの庭』(2014)年にかけての初期作品群には、「わるふざけ」や「返信」など、アレンジを変えて複数のアルバムに収められた曲がいくつかある。そこに同人誌即売会、コミティアで一時期売られていたCD-R群も含めると、『サイダーの庭』までのレパートリーにはかなりの割合でヴァージョン違いが存在するのだ(ちなみにそのコミティア・シリーズも、のちに編集盤『COMITIA 99-106』としてリマスター版が出ている)。澤部が再録版やデモ版を自ら大量に放出し続けてきたのは、リスナーに向けたサービス精神というより、レコード・フリークとしてヴァージョン違いを聴き比べる楽しみを自らの作品群にも用意しておきたいという目的があったのではないか。コミティアでのデモ発表はアルバム売上への影響を懸念してその後やめてしまったそうだが、本作にはそんなかつての活動のリバイバルという側面もある。そしてまた、yes, mama ok?を思わせる端正さと焦燥がきわどいバランスで居合わせる「セブンスター」、覆いかぶさるようなコーラスにすきすきスウィッチの面影が見え隠れする「スウィッチ」など、澤部が心奪われたアーティストたちへの敬意を、現在の広い活動フィールドに向け改めて強調する意図もあるように思う。2020年に対するバンドとしてのあがきとは別に、10年間の総まくりとして見た本作は、まるで今の澤部から『サイダーの庭』までの彼自身に宛てた手紙のようだ。その宛先には、10年の間に彼の活動を通して生まれた数多のレコード・フリークたち、これからその轍を踏むかもしれないリスナーたちも含まれている。
アニバーサリー・アルバムという位置づけと緻密なサウンド・プロダクションの内側に、2020年へのうねるような執念を秘めた本作を、たとえば次の10年を経たあとリスナーはどう聴くだろうか。まったくの新作ではない闘い方を選んだスカートのスタンスは、当世におけるふるまいとしてはあまりに奥ゆかしいかもしれない。しかし、録音においてもソングライティングにおいても、直接的、明示的なやり方では決して届かない心の琴線というものが確かにある。言いたい言葉ばかりが膿となり溜まり続けるようなこの時勢においても、それを見据える人々の襷が続いていくことを筆者は願ってやまない。きっと彼らは、これから鳴らされる音楽にもそんな豊かさが継承されていくことに自らのアーティストシップを賭けているのだ。(吉田紗柚季)
スカート
アナザー・ストーリー
LABEL : ポニー・キャニオン
RELEASE DATE : 2020.12.16
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Tower Records / HMV / Amazon / iTunes
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