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【未来は懐かしい】
Vol.33
和製ポストパンク・ジャズの秘宝
マライアのヴォーカリスト・村川ジミーを聴く

15 September 2022 | By Yuji Shibasaki

今振り返ってみると、2015年にニューヨークの《Palto Flats》からマライアの『うたかたの日々』(1983年)がアナログ・リイシューされたという出来事こそ、その後に続く先鋭的な和モノ ノンジャンルミュージック再発掘にとって最大の発火点のひとつだったのがわかる。その後、清水靖晃の『案山子』(1982年)を始めとして、メンバーの参加作や関連作が次々に発掘され世界中のリスナーを魅了してきたわけだが(本連載では、清水が参加したトゥデイズ・ラテン・プロジェクトの1983年作を以前取り上げた)、取りも直さず、それらの作品が現代の聴き手からあまりに斬新な音楽として受け止められたということでもある。ジャズ、フュージョン、ニュー・ウェーブ、ポストパンク、ミニマル・ミュージック、アンビエント。それら諸要素が縦横無尽に混ざり合い、ときにぶつかり合い、お互いを迎撃するような緊張感をもって同居する。これらの再発掘に都度触れてきた非リアルタム世代の一人である私としても、端的に、「こんなにもクールな音楽がまさか3、40年に、ここ日本で産まれていたなんて」と驚く他なかった。『うたかたの日々』のリイシューから既に7年の月日が経つわけだが、今再び一連のリイシューを聴きなおしてみても、その衝撃の記憶は薄まるどころか、新たに更新されてくようですらある。

本作『Original DE-MOTION PICTURE』(1982年)は、そんなマライア関連作の中でも、とりわけ先鋭的な作品としてレコードマニア/DJから支持の厚かったアルバムだ。実をいえば、今回のLP再発が初のリイシューというわけではなく、2014年に日本コロムビアのオンデマンドCD化企画でCD-R版が販売されていた。当時は一部のマニアから注目されたに過ぎなかったが、その後件の2015年の「『うたかたの日々』ショック」以来、重要関連作として徐々に注目度を高めてきた。

村川ジミーは、「村川ジミー聡」の名義で知られるマライアのヴォーカル担当メンバーであり、本作が唯一のソロ・アルバムとなる。ほとんどの演奏を村川本人と清水靖晃で努めており、プロデュースも両人名義となっている。一部で土方隆行(ギター)と渡辺モリオ(ベース)も参加しているので、「スピンオフ版マライア」とでも言えそうな編成だ。サウンド的にも、清水靖晃のソロ・アルバム『IQ 179』(1982年)から『案山子』(同年)、更には先日発掘リリースされた未発表曲『Kiren』、そして『うたかたの日々』へと発展していくポストパンク+アヴァン・ジャズな流れに位置づけられるもので、当然ながらマライア・ファン必聴の内容だ。

DJ/プロデューサーのChee Shimizu(彼は、2018年にリリースされた7inch盤で、本作収録曲のリエディットも担当している)によるインタビュー(Chee Shimizu著『OBSCURE SOUND REVISED EDITION』(リットーミュージック) 2020年 掲載)を参照すると、この時期の清水はフライング・リザーズを熱心に聴いていたというが、ポストパンク風の鋭角的な音創りの中でレゲエ/ダブ的な手法を施す手法は、まさにそのデヴィッド・カニンガムの仕事にも通じる尖った知性を感じさせるものだ。また、村川の弾くギターには、DNA(アート・リンゼイ)等、ニューヨークのノーウェーブ界隈からの影響も聴こえる。強烈なソロギター演奏が聴ける「LUCI’S SMALL HOTEL Part 2」などは、あのグレン・ブランカの如き暴れぶりだ。もちろん、ヴォーカル・パフォーマンスという点からも村川のスタイルの特異さは目立っている。ダイナミズムを抑え、囁きがちに(ときに無愛想なシャウトを交えて)歌う様は、一般的なジャズ・ヴォーカルのセオリーとは完全にかけ離れており、どちらかといえばダーク・ウェイヴ/コールド・ウェイヴ的な非身体性を感じさせるものだ。こうした「逸脱」は、ゲスト参加したEVEのLILIKAの歌唱にも感じられ、そのマッチングぶりがまた魅力だ。彼女が歌い出すと、にわかにトム・トム・クラブやリジー・メルシエ・デクルーなどのアンダーグラウンドディスコパンクの薫りが立ち込める。

加えて、各曲におけるアレンジと音色の斬新さも特筆すべきものだ。同時期のポストパンクやテクノポップ系作品と比較しても、相当に自由度の高いアレンジであり、電子音を含めて各楽器の響きの特異さにも瞬時に耳を奪われてしまう。この点に関して、清水は前掲のインタビューで次のように語っている。

「(引用者註:事前に用意する)編曲というよりも、準備もせずにスタジオに入って、その場の思い付きでイチから作っていったからね。今もオーケストレーションのときを除けば、音楽の作り方としては同じなんだけど、曲を作るというのではなく、ある音色からイメージが出て、それを広げていくんだよね」



曲の枠組を先に設定するのではなく、「音色」という断片から逆算してイメージを膨らませていくというアプローチは、ある意味で、後の「音響派」や「ポストロック」的発想の先取りともいえそうなもので、大変興味をそそられる。あるいはまた、実際のサウンドを聴いてみても感じるところだが、後のテクノ、エレクトロニカ、IDM等が実践した「音色」の捉え方とも触れ合っているように思う(この点、エンジニアリングを担当したオノセイゲンの貢献もかなり大きと推察する)。

本作にせよ、『案山子』、『うたかたの日々』にせよ、その発売当時は目立った商業的リアクションがあったわけではなかったという。有り体な言い方をすれば、まさしく「30年早すぎた」作品、というのにふさわしい。真の先鋭というのは、それがどの時間軸上で再生されようとも、その貫通力に衰えを感じさせることはない。(柴崎祐二)

Text By Yuji Shibasaki


村川ジミー

『Original DE-MOTION PICTURE』



1982年(オリジナル・リリース) / 日本コロムビア


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柴崎祐二 リイシュー連載【未来は懐かしい】


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