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音楽が聞きたくて知りたくて仙台の店に行く
【前編】
《ピーターパン》で聞く半世紀の歴史と
ジョニ・ミッチェルと交わした話。

11 September 2023 | By Koki Kato

年に一度の《定禅寺ストリートジャズフェスティバル》、幾つものジャズ喫茶やバー、老舗のレコード店の《ディスクノート》にはたくさんのジャズのレコードが売られている。そんな仙台には、ジャズのイメージがある。これは、高校時代までを宮城県で過ごした私の肌感にもあるものだ。けれど、この春、地元に戻って改めて仙台の街を歩いてみると、それまで思っていたイメージとは、また違う体験をすることができた。それは、《ロックカフェ ピーターパン》と、ソウルやファンクを聴くことができる《Cafe & Bar SUPER GOOD》で過ごす時間だ。

時々、思うことがある。ストリーミングを利用してずっと家で音楽を聴き続けることが、どこか物足りない。もし映画館のように向き合って音楽を鑑賞する場所があったらなと。その望みに近い場所は、クラブであったりライヴ・ハウスであったりするのだけれど、それとはまた別にリスニングする時間を過ごしたい。自室以外で。移動中のイヤホン以外で。ジャズ喫茶も好きだけれど、ロックやソウルやファンクを聴きたいと思う日もある。そんなときに訪れたのが、この二軒だった。

実際に訪れると、音楽を聴く環境は整えられ、何より店主の選曲と会話から得る発見が嬉しい。お店を出るときには、体験や知識として持ち帰るものがあって、また色々な音楽を聴いてみたいという気持ちが湧きあがる。この二つのお店のそんな魅力が気になって、取材をさせてもらった。まずは前編、《ロックカフェ ピーターパン》に向かった。

(取材・文・写真/加藤孔紀)


《ピーターパン》が過ごしてきた50年と音楽家との出会い

《ロックカフェ ピーターパン》は仙台の歓楽街、国分町にある店だ。階段でビルの3階まで上がって店内に入ると、さっきまでの喧騒が嘘みたいに穏やかな店内。そこには大きな音で音楽が流れている。曲のリクエストは一組につき一回まで。

昨年、2022年に50周年を迎えた《ロックカフェ ピーターパン》の店主、長崎英樹さんは「単なる毛色の変わったお店では潰れてしまうということを仙台に限らず全国で見てきた」と話しながら、まずは、50年以上お店を続けてきた秘訣を教えてくれた。

「ロックって高校生から大学生までの人を対象にしているから、経営という点で安定度に欠けるんです。ところが、ジャズのお客さんは大学生から大人までなので売上に波がない。お客さんがある程度大人だから営業もしやすい訳です。けど、お客さんが若いと、良いなって思う店でも潰れていった。それを見てきたから、100パーセント音楽に焦点を絞ったお店をやろうと思ったんです。あえて厳しく、例えばお喋りはできないとか。騒ぐ人は困るとか。『え、ロックを聞くのになんで騒いじゃダメなの?』と言われるような風潮だった時代に、あえてその路線で始めたんです」

現在では、開店当初ほど厳格なルールを設定していないものの、当時は厳しいルールを設けていた。経営を考えてのことでもあったが、何より長崎さんの中に「音楽に特化したお店をやりたい」という気持ちがあったからだという。ストリーミング配信で音楽が気軽に聴ける現在からは想像が難しくなっているだろう、ロックがラジオでかかることも少なかった時代だった。

「軽音楽としてかかることはあっても、いわゆるシリアスなロックっていうのは、ラジオでもかからなかった。レコードで買うか、もしくはロック喫茶に行って聴く以外なかったわけで、渇望されていたわけです。ただ、仙台のキャパからいって、そんなにコアなファンばかりいるわけではないから無理があるだろうなと。けど、幸い思った以上にコアなロック・ファンが多くて。色々紆余曲折あったけど、今日までやってこれました」

会話の中で出てきた渇望という言葉が印象に残る。過去と今を比較しながら当時の様子を振り返って、少し悲観混じりに話を続けてくれた。

「音楽に対する渇望感っていうのが変化しているということに尽きると思うんです。ロック・シーンの下から底上げされる、大きな流れとして地殻変動を起こすような力が、たぶん今はもうない。個々で頑張っている人は散発的にいるけど、そういう人をインターネットで見つけ出して、2、3人が良いねっていう音楽があっても、それがマスでいかないから。マスでいかないと大きなロックの音楽のムーヴメントにはなりえない」

過去の音楽のムーヴメントとはどういうものだったのか。その疑問は特に、実際に体験していない世代にとって関心のあることだ。そこで、気になったことがある。かつて70年代に《ピーターパン》が発行していたという冊子。そこには、細野晴臣や山下達郎などのインタヴュー記事も掲載されていた。

「紙媒体については、そういうことしか手がなかった時代ですからね。やりたいという気持ちと、ロック・シーンなり音楽シーンが盛り上がってたから、さっき言ったように地面から突き上げられるように始めたんです。自分も若かったからやれたこと。1970年代後半くらいから毎月発行して、17年くらい続けました。レコードの紹介と作品についての長いレヴューと、今みたいにインターネットがない時代だったから海外のロックの雑誌に載っている肝心なニュースを翻訳したりとか。音楽雑誌がやっていることのミニチュア版ですね。ただ自分の視点で、この人は取り上げたいとか考えながらやっていました。日本のミュージシャンについては、レコード会社の各支店が仙台にもあった時代だからプロモーションも細かくて、この人が仙台に来るからインタヴューしませんかって連絡がくるということもあったんです。今はたぶん各レコード会社の支店って仙台にないと思いますから、そういう話もなくなって。自分のエネルギーが弱くなるのと、シーンが弱くなるのが一緒になっていったんですよね」

仙台のロック喫茶と日本の音楽業界が連動していた様子は、たしかに現在からはあまり想像がつかないものだ。当時のシーンの大きなエネルギーを体験していたら懐古的になってもしまいそうだが、長崎さんは「昔のあれ良かったよねって話が俺には無理で」ときっぱり言う。店内では、ビートルズのようなロックもかかるけれど、新作のレコードも選曲される。例えば、エヴリシング・バット・ザ・ガールの『Fuse』(2023年)だったり、ムーンチャイルドの『Starfruit』(2022年)だったり。

「昔の音楽ばかりかけているロック・バーっていっぱいありますけど、そういうのを聴きに来る年配の人たちと調子を合わせられない。だから店内にはカウンターもない。《ピーターパン》では、50年通ってくださってる常連のお客様も、今日初めて来店なさったお客様も、皆さん同等の立場。そういう状態が自分に合ってるんですよね」

《ピーターパン》の店内に入って、私のような新規の客がつい長居してしまう安心感は、もしかしたら、長崎さんのどの世代の来店客ともフェアでありたいという意識が、伝わってくるからかもしれない。

《ピーターパン》には過去、様々なミュージシャンも訪れた。細野晴臣、高橋幸宏、鈴木慶一、大貫妙子、矢沢永吉、小嶋さちほ、小西康陽など。ボ・ガンボスのどんとは、仙台でライヴがある度に立ち寄った。特に印象に残ったのは、大瀧詠一とのことで「とにかく気が長い人。お会いしたらあの音楽が生まれた理由がよくわかった」という。普段、ミュージシャンがメディアで語らないような話を聞くこともあった。その理由について、東京を離れて仙台に来ることで感じる解放感があったからではないかと、記憶を振り返りながら長崎さんは話してくれた。

店内には様々な音楽家の写真が飾られてもいる。中でもジョニ・ミッチェルと長崎さんが写った写真が気になった。お店に来店したことはないというが、なんでもロサンゼルスのジョニ・ミッチェルの自宅に招待されたことがあるらしい。

「ジョニ・ミッチェルのある作品のジャケットに潜んでいる謎を解いたのが、僕しかいなかったからなんです。1983年だったと思うんですが、ジョニ・ミッチェルが来日した際に直談判して会えたことがあって。本人にその話をしたら凄くびっくりして喜んで『気づいてくれたのはあなたしかいなかった。初めて分かってもらえた。カリフォルニアに遊びに来て』って住所を書いてくれて。それでマリブまで遊びに行ったんです。ジョニ・ミッチェルはその謎を『誰にも言わない』と。だから僕も死ぬまで言わないつもりです。ネットで言うと、みんな言い始めるから」

この話を聞いて一つ、思い出したことがある。2014年にジョニ・ミッチェルがインタヴューで語った「私は魚じゃないから、ネットには捕われたくない。だからウェブ上にもいない。(中略)私は、この便利な現代社会に属していなくて、その外にいて、属したくもない」という発言だ。長崎さんが簡単にその謎をインターネットで話してしまわないことと、この発言は地続きだという気がした。インターネットに答えがなければ、じっくり時間をかけて、それぞれが自分なりの方法でいつか謎を発見できればいい。便利さの喧騒から離れてじっくり音楽に向き合える時間は、私が《ピーターパン》を好きだと感じる理由の一つだ。最後に、2023年に店内で選曲したいレコードを選んでもらった。

「バクスター・デューリーですね。凄いです。なんでこんな変な音楽をあえて今、つくってるんだろうと思うんです。イアン・デューリーの息子で、7枚のレコードが出ていて、こういう人はイギリスからしか出てこない。バクスター・デューリーの良さが分かる人が増えたら、日本の音楽はもっと変化にとんだものになるんじゃないかって思うくらい。リクエストは来たことがないので、彼の作品のリクエストが来る2023年だと嬉しいですね。店の最新のブログでも文章を書いたんですけど、僕もその良さをまだはっきりと言葉にできていない。誤魔化して書くしかなくて、好きだということを言うしかなくなってしまう。けれど、こういう作品が今も生まれてるっていう事実は、音楽を聴き続けてきた者として幸せなんです」

《ロックカフェ ピーターパン》
営業日:火曜〜日曜 15:00-24:00
定休日:月曜
住所:宮城県仙台市青葉区国分町2丁目6の1-3階
https://peterpan-rock.com/

Text By Koki Kato


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