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感度の高いショップが密集する城下町・松本のインディー文化
カギを握る2軒の人気ショップ店主に訊く

『Give me little more』『MARKING RECORDS』
16 September 2019 | By Dreamy Deka

サブスクリプション・サービスの普及と巨大フェスの定着によって、ぱっと見では隆盛を極めているようにも見える音楽シーン。洋楽・邦楽のメインストリームが盛り上がるのはもちろん素晴らしいことだけど、クラウドサーバーと年に数度の祝祭空間の中には入りきらない、新しくてユニークな音楽は果たしてその価値に見合うだけの人数に伝わっているだろうか。このアーティストもあのアーティストも、もっと多くの人に聴かれるべきではなかろうか…。そんな素朴な問題意識から筆者はここ数年、超細々と音楽イベントを企画したり、フリーペーパーを出したり、ブログを書いたりしているのだが、その過程において、日本の各地で自分たちのやり方で、自分たちの好きな音楽を広げていこうとしている魅力的な人々がたくさんいることを知った。

こうしたローカルでインディペンデントな輪を作り上げていく取り組みというのは、巨大資本による寡占化が進んでいく音楽文化が人々の生活においてこれからもリアルな存在であり続けるために、より一層大切さを増しているように思う。このコラムではそんな現場を紹介し、読者の皆さんが足を運ぶきっかけになればと思っております!

というわけで夏休みの家族旅行を兼ねて取材に訪れたのは長野県松本市。松本という街は一般的にはアルプス登山の玄関口、あるいはクラフトの聖地、そして音楽ファンには毎年9月に行われる《りんご音楽祭》の開催地として知られている。しかし美しくそびえる国宝・松本城の下に、最高にクールなインディー文化が広がっていることを知っている方はそう多くないかもしれない。

私がこの街に何か特別なものがあるかもしれないと意識するようになったのは、信州大学の音楽サークル出身の金魚注意報というバンドの「you send me」というCD-Rを耳にしたことがきっかけ。男女ヴォーカルによるフォーキーで美しく透明感のあるサウンド。しかしその透明度の高さゆえに、青春が内包する傷や悲しみすらも透かしてしまう残酷なほどの美しさに、サニーデイ・サービスや在りし日のエリオット・スミスの幻影をも見出したのだ。残念ながらすでに解散してしまった彼らだが、一部のメンバーはコスモス鉄道という新バンドで活動を始めており、カネコアヤノやラッキーオールドサンとも呼応するような音楽性は今後も要注目だ。そしてまた彼ら以外にも、Her Braids、TANGINGUGUNといった、海外のインディーミュージックと同時代性を持ちつつ、ユニークなポップ・センスが光るバンドの音源を耳にするたびに、決して大きくはないこの街にどんな土壌、文化が存在しているのか、気になって仕方がなくなってしまった。

その謎を解き明かすべく、シーンの中心地とも言うべきライブ・ハウス、レコード店を経営するキーパーソン二人にインタビューした。(トップ写真は『Give me little more』のステージ)


『Give me little more』の看板

まず最初に訪れたのは、JR松本駅から女鳥羽川沿いを10分ほど歩いたところにある『Give me little more』というイベントスペースを併設したバー。うっかりすると見過ごしてしまいそうなほど小さな入口の店だが、国内外の先鋭的なアーティストを積極的にブッキングしており、フライヤー等でその名を目にしたことのある音楽ファンも多いだろう。この7月にオープン6周年を記念する盛大なパーティーをT.V. NOT JANUARYや「あだち麗三郎と美味しい水」などをゲストアクトに迎えて開いたばかりだ。地元のバンドマン、DJ、会社帰りのサラリーマンにまで愛されるユニークなお店の歩みと松本という街の特色について、店主であり、TANGINGUGUNでギターを担当している新美正城さんに話を聞いた。

『Give me little more』店内

——新美さんは松本の出身ですか?

「違います。高校までは名古屋にいて、大学進学の時に松本へ引っ越してきました。 高校生の頃にたまたま地元で観たオウガ(OGRE YOU ASSHOLE。松本に縁が深く、現在も長野県を拠点に活動) にハマっていて、進学を検討している時も彼らが出演している松本のライブイベントをチェックして、めちゃめちゃたくさん海外のインディバンドが来ているなってことを把握していたので、なんとなく親しみがあったんです。それで実際に松本に来た後に、そのライブイベントにすぐ足を運びました。長野市のネオンホールというライブハウスのシーンもすごく好きだったり、瓦レコードも活発になって来た頃で、そのまま居心地が良くて居ついたって感じです」

——今年でオープンから6周年ということですが、お店を始めたきっかけは?

「大学3年の頃にリーマンショックがあって、卒業後の進路を考える時期にちょうど就職難がきて採用取りやめのところも多かったんです。まったく気乗りのしない会社にエントリーシート出したりしているうちに、これは明らかに違うなって感じがして。で、そのタイミングでさらに震災もあって、当時はみんなが自分の人生を見つめ直すというか、それぞれがこれまで当たり前だと思っていた人生の標準的なモデルみたいなものに疑問を投げかけるような空気もあったように思うんです。で、卒業後どうするかというのも全然決まらないうちに卒業だけはしてしまって…。こっちでバンドもやっていたので、とりあえず松本に残ることだけは決めて。幸いにも、松本には個性的な個人店が多くて、そういう店主の人たちと話したりしているうちに自分で店をやってみるという手もあるんだなと思って。とはいえ、いざ始めるにしてもノウハウもなかったので、バイトをしながら、『瓦レコード』(《りんご音楽祭》の主催者・DJ Sleeperがオーナーを務める松本市のライブハウス)でとりあえず働きながら色々覚えて。生活はかなり苦しかったんですけど、まあ3年くらいその感じでやろうと思っていたら、わりとすぐにいい物件が見つかってしまったので、資金的な準備も何もかもできていなかったんですけどもう見切り発車でオープンした感じです」

——お店にもいろいろありますけど、ライブハウスをやろうと思った理由は?

「一番には、自分が求めている空気感のライヴ・スペースというのが無いなと思ったということに尽きるんですが、いわゆるライヴ・ハウスという形にはしたく無いし、資金的にもできないので、それを逆手にとったような音楽の場所を作りたいな、と思っていました。松本って、実際に住んでみてイベントに行ったりしてみるとわかるんですけど、かなりいろいろなレイヤーがある街で。音楽シーンも地元のいわゆるライヴ・ハウスの音楽シーンがある中で、りんご音楽祭が出て来たり、細く長く素晴らしい海外バンドを呼んでいるイベントがあったり、音楽以外でも70年代から続くヒッピー系の人たちが作って来た流れだったり、そこから枝分かれして全く違った空気で発展していったクラフトの流れだったり、移住者の人たち中心の個性的なお店が仕掛ける企画がたくさんある。それだけ色々あっても、意外とみんなバラバラで独立した感じだったので、そういうそれぞれのレイヤーがたまに重なるような空間というか、ハブみたいな場所があってもいいんじゃないかなと思っていました。あと、僕自身が学生時代からずっとバンドやってるんですけど、出演者のチケットノルマに代表されるライヴ・ハウスのシステムにはかなり疑問があって。ノルマが全て悪とは言わないですが、ライヴ・ハウス側にとっても、バンド側にとってもこの固定化されたシステムがある種の思考停止状態を生んで、ライヴ・ハウスをどうしようもなくつまらないものにしているという状況があちらこちらにあると思うので。もう少しいいバランスを探るためにも、とりあえずノルマをとらないという前提で成り立つ方法を探ってみたいなというのがあって」

——チケットノルマないんですか? 

「ないです。割合としてはお店主催のイベントがかなり多いんですけど、地元のバンド含めて出演者からいわゆるチケットノルマを課したことはないですね。いや、一回くらいあったかな。ゲストで呼んだバンドのギャラが当日急に上がっちゃって、みんなから500円ずつ集めたり(笑)」

——それで経営が成り立つのはすごいですね。

「苦しいって言えば苦しいんですけどね。バーを併設するスタイルに最初からこだわったのは、なんとかノルマというかたちではない収益も確保しなくてはというのがあって。ただ、バーは経営を安定させるという意味以上に、お客さんの層を広げる役割があると思っています。ライヴ・ハウスって、どうしてもバンドや特定の音楽が好きな人だけで固まっちゃうじゃないですか。だからバー営業の日に普通に飲みに来たお客さんを口説いてライブに来てもらうんです。普段のバーには全然、音楽を目的としていないサラリーマンや学生の人も来たりするので、そういう人たちがたまたまうちに出てるバンドの人たちと知り合ったりして、それなら次はライブも来てみるか、という感じで徐々にライブイベントの方にもハマっていってくれることがあるので。

あとは告知用の文章には力を入れています。全然、松本で知名度のない県外、海外のアーティストのライブに少しでも興味をもってもらえるようにと思って、長めのイベント紹介文を書き始めたんですけど、書けば書くほど面白くなってきて、さらにどんどん長くなっていくという…(笑) それを続けていたらお客さんも「こんだけ言ってるんだから、ちょっと見に行ってみようかな」って感じで知らないバンドのライブにも足を運んでくれるようになって。最近は地元のバンドが少しづつお客さんを集められるようになってきたので、だいぶ助けられているという感じですね」

——海外のバンドもたくさんブッキングしてますよね?

「東京と名古屋、関西の中間点という地の利もあるんですが、松本には昔から海外のバンドを呼ぶ文化があったんです。90年代の終わり頃からやっている《CRAZY RHYTHMS》っていうオウガもよく出演していたイベントにはジョーン・オブ・アークや、モデスト・マウス、ルー・バーロウ、+/−などUSインディのバンドが出演していたり、『nami to kami』っていう美容院で開催しているイベントにはカルヴィン・ジョンソンやリトル・ウィングス、ザ・マイクロフォンズを筆頭とした《K records》周辺のアーティストなどが出ていたり。そういうイベントに自分もよく通っていたので、店をやるということになった時に、最初はその流れを引き継ぐような形で海外のバンドが出るようなりました。そこから少しづつ関わるレーベルが増えたり、ライヴしに来てくれたバンドが自分の国に帰った後に、周りのミュージシャンたちに紹介してくれたりして、徐々にアーティスト直接の問い合わせも増えて来て、幅が広がって来ているという感じですね。日本で全然知名度がない人でも物凄い人たちは本当にたくさんいて、そういう前情報が少ないアーティストを当日、ライヴの現場でお客さんと一緒に驚きながら、スゲーって発見していってる感じがたまらなく面白いです」

——国内・海外を問わず、ブッキングのポリシーはありますか?

「自分の好きな音楽ジャンルというのは勿論あるんですが、ブッキングする時にはあまりジャンルに固執しないようにしています。あくまで、それぞれの音楽の固有の面白さを見つけ出して、パッと見ると交わらなさそうな人たちでも、実は相性がよかった!というブッキングになるようになってればいいかなと。あと、数年前から力を入れてやっているのが《DOPEなHOPE》っていうイベントがあって、まあどうしようもないタイトルですけど、これはとてもウチらしいイベントかなって思います」

——どういうイベントですか?

「その日が初ステージとか、初めて人前で演奏する楽器があるとか、今までやったことのないメンバー編成とか、基本的に何か「初めて」の要素がある出演者しか出られないイベントで、独特の緊張感みたいなのがすごくおもしろい。例えば、生まれて初めて自作の歌を人前で披露した55歳のおじさんが第一回目に出てくれたんですけど、その人はもともとバーのお客さんで。もちろん音楽は好きでリスナーとしてはかなり色々知っている人ではあるんですけど、当時はわりと堅い仕事をしていて、見た目も普通のおじさんって感じの人なんですけど、ライヴでは、楽器を一切使わずに自分の足踏みと歌だけっていうアカペラスタイルで歌って。それが朗々としたいい歌で、しかもなぜか全部三拍子の曲ばっかりだったりして、みんな笑えるのか泣けるのかもう全然わからないけど、なんだかすごい感動したっていう。ちなみにその人はそれ以来、扉が開いたように仕事をやめて自宅を改装して古本屋をやり始めたり、音楽の方でも若いギタリストとかトラックメーカーとかと一緒に音楽をつくったり目まぐるしく活躍していますね(笑)。このおじさん以外にも、このイベントを機に普段のライブに出てもらうようになった人がいたりして、今やっていて一番面白いイベントかもしれないです。普段、バーで話していても、「もう音楽はやめた」という話や「やりたいけど自分にはできない」という声をよく聞くんですけど、よくよく話しているとそれは本心ではなかったりして。この日本社会には、さらに地方にはより強く、日常生活を送るためにはそういった表現活動から遠ざからないといけないという重圧というか、もはや「呪い」というか、そういうものがすごくあると思うんですよね。このイベントがそういう「呪い」を少しでもほぐせるような場になれればいいなというのは強く思っていますね」

——他に特に印象に残っているライブはありますか?

「オーストラリア、メルボルンのGood Mornigというバンドとの出会いですね。彼らは前にライブに来たScott & Charlene’s WeddingというバンドのジョーがやっているBedroom suck recordっていうレーベルからリリースしているバンドで、自分ももともと好きで聴いていたバンドなんですけど。2017年のゴールデンウィークにそのGood Morningの片割れのステファンが観光で日本に来てたんですけど、ジョーが松本を強く勧めてくれたみたいで、突然、友人のミュージシャンを連れて遊びに来たんですよね。それで松本の居心地が良かったみたいで、残りの旅程を全部白紙にしてどこにも行かずに、ずっと近所の友人がやっているギャラリースペースに泊まって、毎日うちのバーに飲みに来たり、この辺を散歩したりしてて。で、帰国直前にせっかくだからソロでライヴやろうよって話になって。急だったし楽器も借り物でお客さんも10人くらいしか来なかったけど、そのライブがとんでもなく良くて。それからたまにメッセージのやりとりするうちに、今度はベースのメンバーのジョンが観光でやって来たりして(笑)。そして、2018年に遂に待望のGood Morningのフル・メンバーでライブしに来てくれて。しかも、ジャパン・ツアーが終わった後にまた戻って来て、今度は『marsmoo studio』という友人がやっているスタジオでアルバムを一枚録音していきました。MARKING RECORDSでもGood Morningはかなり売れたみたいで、松本とメルボルンという街をGood Morningが局所的に繋げてくれている感じですね」

『Give me little more』店内の落書き

——日本国内では、他の地域とのつながりはありますか?

「一番大きいのは浜松のシーンとのつながりですね。浜松にZINGっていうZINE制作を広める活動をしてるユニットがいるんですけど、彼らが松本で開催したワークショップをきっかけにその主宰者の一人であるマッスルNTTと意気投合して、お互いの街を紹介したり、それぞれが抱えている葛藤や、暮らしている街で音楽をやるモチベーションみたいなものをやんわりと共有できるような企画をやろうということになって《ハママツモト》というイベントと、同じタイトルのZINE制作を2014年と2018年にやりました。ベタなタイトルなんですが(笑)。そのイベントをやって、すごく良かったのが、お互いの街のバンドやDJが普段から行き来するようになったことですね。これからも違う街で同時並行的におもしろいことをやっている人たちと、お互いの街を繋げる回路みたいなものをつくっていけたらいいなって思います」

——お店の将来像みたいなものはありますか?

「ないですね(笑)。刹那的かもしれないけど、松本はアクが強くて好奇心が強い人たちの吹き溜まりみたいな街だから、この街の一見、小綺麗にみえるかもしれないけど実は混沌とした面白い状況の中で色々と思いつく限りの実験をしていきたいなと思います。予想がつくことはつまらないと思うんです。ルーティンにならず、エッジを立ててやっていきたいです」 

-Give me little more-
住所: 長野県松本市中央3-11-7
営業日:火~土 19:00-1:30頃
WEB: http://givemelittlemore.blogspot.com/


『MARKING RECORDS』の外観

『Give me little more』から直線距離にして100メートルほどの近さに、『MARKING RECORDS』というレコード店がある。古い店舗をリノベーションしたシンプルな店内には、アメリカ、ヨーロッパをはじめ世界各国のインディー・レーベルから届いたレコードや、東郷清丸やSaToAといった日本の音楽シーンの地平を切り拓いているアーティストの作品が並んでいる。落ち着いた周囲の街並みとは対照的な尖った品揃えは、まるで自分の知らない世界を見せてくれる小窓のようで、私も松本を訪れた際には必ず立ち寄り、新鮮な刺激をもらっている。店主の前田理子さんに、お店をオープンさせた経緯やこだわりについて聞いた。

——3年前にお店をオープンした経緯を教えてもらえますか?

「市外で就職して働いていたんですけど、会社を辞めてとりあえずって感じで学生時代に過ごした松本に戻ってきたんです。インディー・シーンもあるし、やっぱり面白い街だなと思って。でも、《りんご音楽祭》とかギブミー(『Give me little more』)とか、ライヴやイベントとして音楽や文化に触れる場所はあったけど、もっと日常に近い場所があってもいいなって思ったんですよね。もともと私も外に出るタイプじゃなくて、特に10代の頃はほとんど家に引きこもって音楽を聴いてばかりいたし。自分のような人間にとって音楽を楽しめる場があったらいいなって」

——それでも若い人がいきなりレコード屋さん始めるって大変なことですよね。

「実際にレコード屋さんをやろうと思えたのは、松本にはいい意味で勝手にやってる尖ったお店が多くて、多様性を受け入れてくれるような雰囲気があったからなんですね。ここなら実験ができそうだなって感じがあった。だから開店する時も全然お金をかけずに、仕入れも最低限の在庫で。スモールスタートでした」

——確かになんでもある普通のレコード屋さんじゃないというか、むしろ普通のレコード屋さんにある作品がほとんど置いてないですよね。

「ここはレコード屋ではあるんですけど、あまりレコード屋って感覚でお店をやっていないかもしれないです。マインドとしては、インフォショップでありたい。インフォショップっていうのは、ざっくり言うと現在進行形で社会で起きている問題やそれにまつわる運動をテーマに、情報交換や意見交換をしたりする場って感じなんですけど。私がよく行くのは、新宿の『IRREGULAR RHYTHM ASYLUM』というお店です。『MARKING RECORDS』もレコード店として、インフォショップ的な役割を果たせないかなっていう意識が、レコードのセレクトにも反映されてるんじゃないかなって思います」

——ほかにレコード屋さんとして影響を受けたお店はありますか?

「浜松のSONE RECORDSさんに初めて行った時は、地方都市にこんなレコード屋さんがあるんだって感激しました。お店を中心にその街のキッズがリスナーとして育っている感じとか、DJしている姿にすごく憧れて。実際、その一年後くらいに店長のくわけんさんをDJで松本にお呼びした時に「レコードショップってどうやってやるんですか?」って色々聞いたりして。最初は全部教えてもらった感じです(笑)。あとは渋谷のビルの一室にあった『Violet and Claire』(現在はオンラインショップのみ)っていうライター/DJの多屋澄礼さんがやっているお店ですね。澄礼さんは、インディーポップの素晴らしさを日本のリスナーに広めた方で。そのお店では、雑貨とか洋服とか、音楽好きのクリエーターの作品から、一音楽ファンの手でつくられたファンジンまで並んでいて。「好き」が詰まったティーンの女の子の部屋みたいな雰囲気で、コアな音楽リスナーじゃなくても入りやすい雰囲気だったと思います。私自身も東京に行く度に遊びにいっていたし、知らない音楽への入口の作り方みたいなものを学んだ部分はある気がします」

『MARKING RECORDS』店内

——先ほどのインフォショップという話もありましたが、『MARKING RECORDS』自身も ZINEレーベルである《No Lady Swears》とZINE(『PLAYBACK LADY ZINE vol.3』)を共同制作されています。音楽シーンや社会に対する問題意識のようなものがありますか?

「私がお店を立ち上げる時に一番リアルに問題意識を感じていたのが、音楽シーンにおける女性の立場みたいなものなんですね。あからさまな女性蔑視はもちろんそうなんですけど、もっと無自覚に根付いているもの、たとえば女性がやってるバンドだけ「女性がやっている」ということを強調されたり、男性には聞かないことをインタビューで聞く慣習のようなものとか。だからレコードの紹介文を書く時は「ガールズバンド」とか「女性シンガー・ソングライター」みたいな言葉は意識的に使わないようにしています。それによって見落とされてしまうものがあるというか、もっと言えば、彼女たちの意思を歪曲してしまうと思うので」

——確かに前田さんの解説文には他にはない特別な魅力があります。まったく知らないレコードでも聴いてみたくなる。

「ありがとうございます。紹介文も音だけじゃなくて、作者としてどういうことを考えてつくったのか、みたいなことに思いを巡らせてもらいたいなと思って書いてます」

——前田さんのこだわりやポリシーを、松本という街が受け入れてくれる感じがあるんでしょうか?

「そういう安心感みたいなものはあります。『ギブミー』や『瓦レコード』が近所にあるってこともそうですし。あと、お店の場所を決める時に、高校生の通学路の途中にあることってことにこだわったんですよ。その甲斐があってか、最近は高校生とか若いお客さんが増えてきました。で、DJとかバンドをやりたいって子がいればいればすぐ『ギブミー』に紹介します(笑)」

——『MARKING RECORDS』で音楽をインプットして、『Give me little more』でアウトプットするというエコシステム! この3年間でお店にどんな変化はありますか?

「やっぱり最初は仕入れのルートも少なかったので、セレクトがもっと偏っていて狭かった。ギブミーの新美君にも「これで店として成り立ったらすごい」って言われてたくらいで。最近は、お店や自分がやっているバンドを通じて出会った人の作品も置くようになったり、その人たちやお客さんとの会話から自分のアンテナが広がったこともあって、扱う作品の幅が増えたんじゃないかと思います」

——これが売れるのは『MARKING RECORDS』ならでは、というレコードはありますか?

「ギブミーの新美君も言ってたと思うんですけど、Good Morningは出会い方も含めて、これだなって感じがしてます」

——彼らが松本の土地を気に入って、みんなと親交を深めて、レコードを取り扱ったりライブをしたりという流れ?

「そう、松本という小さな街だからこそだって思います。実は、次にリリースされる彼らの作品は松本でレコーディングしたものなんですよ。あとはDear Noraっていうポートランド出身のシンガー・ソングライター、Katy Davidsonがやっているプロジェクトが昨年10年ぶりにリリースしたアルバムですね。2000年代の最初の頃、松本で《nami to kami》というイベントに出演したことがあるんです。ガールプールとかビッグ・シーフといったアメリカの若いバンドが影響を公言していて、彼女たちのレコードをうちで買ってくれた人もたくさん手にとってくれて。脈々と続いてきたこの街の流れと、海の向こうで受け継がれてきた音楽の流れが重なった感じがして、うれしかったですね。日本のバンドだとやっぱり金魚注意報ですかね。私がいたサークルの後輩たちなんですけど、大学内でも人気だったし、ライブも評判で、地元のFMラジオで紹介されたりもして。金魚をきっかけにお店に来て、通ってくれるようになった人も結構います」

『MARKING RECORDS』店主の前田理子さん

——これからどんなお店にしていきたいですか?

「レコードを軸に、その背景を深掘りできるような楽しみ方をもっと伝えられるお店になりたいですね。レコードは聴くこと自体が楽しいっていうのは大前提としてあるんですけど、そこに作り手の思いや考えがどう反映されているのか、とかを考えていくのってすごく面白いし、新しい気づきがあると思うんです。具体的には、ひとりのアーティストをフィーチュアした特集やイベントを行うとか、関連書籍の取り扱いを増やすことをはじめています。あとは大都市とか他の大きなメディアでの流行とは関係なく、勝手に話題になっている作品がたくさん出るといいなという気持ちもありますね」

-MARKING RECORDS-
住所:長野県松本市中央3-12-8
営業日:水~金 14:00-20:00  土日祝 12:00-19:00
WEB:https://MARKING RECORDS.com/


一泊二日の旅で松本の街を歩きまわって感じるのは、彼らのインタビューにもあるように、個性的なお店の多さと距離の近さだ。『Give me little more』と『MARKING RECORDS』は本当に目と鼻の先という感じだし、『瓦レコード』もそこから少し歩いたところにある。要するに、松本城を中心とした城下町(徒歩圏内)にカルチャーに対する感度の高い書店、カフェ、バーなどが密集しているのだ。この距離感こそがきっとこの街の文化の洗練と継承の背景となっているのだろうし、旅行者の立場で言うと、ただ街を歩いているだけで気分が上がってくる。東京からも名古屋からも特急で一本、5千円くらいで遊びに来れるので、ぜひ気になるアーティストのライブがあれば、いやなんなら無かったとしても、遊びにくることをお勧めしたい。汗をかいたら銭湯価格で入れる最高の温泉もたくさんあるし。ちなみにこの街の空気感は、今年の《フジロックフェス》にも出演したアメリカフットボール「My Instincts Are The Enemy」のMVにもを見てもらえれば、その一端がわかるかもしれない。東京、名古屋といった大都市に並んで、人口24万人の松本がそのロケ地となっており、美しい街並みとシーンを形成している若者たちの姿が記録されているのだ。

なお週末の松本はインバウンド効果もあってか、ホテルの料金が高くなることが多い。そこでオススメしたいのが、市内にいくつかある古い旅館などをリノベーションしたゲストハウス。私は今回『Tabi-Shiro』というゲストハウスに泊まったのだけれども、洗練された内装とフレンドリーな接客でなんとも言えない居心地の良さがあった。他の店にも言えることだけど、松本の人たちはよその土地から来た人に対する接し方がとても気持ちが良いのです。

ゲストハウス『Tabi-Shiro』

というわけで、松本市のインディペンデントカルチャーを巡る旅の記録はここでいったん筆を置きます。お忙しいところ無鉄砲な取材に協力頂いたお二人に最大級の謝意を込めて。またお会いしましょう!(取材・文・撮影/ドリーミー刑事)

Text By Dreamy Deka

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