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ノスタルジアに気を取られているあなたは、アンビエンスの中にいるマリオに気づかない ──on4wordを楽しむために

08 June 2024 | By Shoya Takahashi

on4wordによる、ポーティスヘッド「Roads」(1994年)をNINTENDO64のサウンドでカヴァーした作品が4/29にリリースされた。そろそろon4wordについて書いておこうと思う。またこの音楽家が、それ以前にも行われてきた「NINTENDO64やチップチューン風の音色による名曲のカヴァーとの差異についても。

まずは前提となる情報の共有から。各アルバムについてはこの記事の後半で書きます。


1. on4wordがつくる、借り物のノスタルジア

on4wordとはアメリカのクリエイター(生年などの個人情報は不明)。昨年1月にレディオヘッド『In Rainbows』(2007年)を、ゲーム機のNINTENDO64(1996年発売)のサウンドを用いてカヴァーしたアルバム『In Rainbow Roads』をリリース。本作は主にアクションゲーム『スーパーマリオ64』(1996年)のサウンドフォントを中心に制作されている。英語圏でおそらくは《Rate Your Music》経由でバズを生んだ。ほんとうは「バズ」とか「Xで話題!」とか心底どうでもいいのだが、英語圏のネット民的なユーザー層を持つプラットフォーム=《Rate Your Music》上での話題性は重要視している。

ちなみに、NINTENDO64などゲームソフトで使われる音色のデータは、SoundFont(サウンドフォント)というフォーマットで配布されているそう。この手のアーティストについて調べると説明なしにサウンドフォントという言葉が出てくる。

同年6月リリースの『OK Nintendo 64』は言うまでもなくレディオヘッド『OK Computer』(1997年)のカヴァー。同じく『スーパーマリオ64』のほか、『マリオカート64』(1996年)や『ゼルダの伝説 時のオカリナ』(1998年)、『星のカービィ64』(2000年)、『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』(2000年)などのサウンドが使われているそう。

同年12月にはさらにエイフェックス・ツインのカヴァーを集めたコンピレーション『Selected Aphex Works N64』をリリース。こちらも『スーパーマリオ64』のほか、『ゼルダ』シリーズや『バンジョーとカズーイの大冒険2』(2000年)のサウンドフォントが用いられている。

《indienative》等の媒体の紹介もあり、『OK Nintendo 64』と『Selected Aphex Works N64』の二作品は日本語圏でも注目を集めたようだ。日本のゲーム史における一つのピークを残したハードウェアであるNINTENDO64と、日本における評価が(悪酔いのように)下がることがない90年代という黄金世代の名作との組み合わせは、半ばヴェイパーウェイヴ的な「経験を伴わないノスタルジア」として国内の幅広い世代のリスナーにリーチしていたように思う。

余談だが、レディオヘッドが《SUMMER SONIC》に出演した2016年、エイフェックス・ツインが《FUJI ROCK FESTIVAL》に出演した2017年は、フェスティヴァルをめぐるTwitter(当時)上の反応に、いよいよタイムラインの腐敗(=無邪気な情報交換のプラットフォームとしての機能不全)やフェスの90年代化/ノスタルジア化が顕在化していたのが印象に残っている。誰もが自分のアイデンティティを規定するのにポップ・ミュージックを援用し、テイスト競争と過去の追認評価に励むようになった(両フェスのごく近年の招聘活動は評価しなければならない)。

先ほど「ヴェイパーウェイヴ的」「ノスタルジア」と書いたが、実際にon4wordはYouTube等のキャプションに「borrowed nostalgia」(借り物のノスタルジア)という言葉を記している。つまりon4wordはこのヴェイパーウェイヴ的な感覚≒過去を無責任に借用する試みに非常に自覚的である。90年代後半のハードウェアに搭載されたサウンドを用いて、90年代のアーティストをカヴァーすること。それは単なる無邪気なゲームではなく、ザ・ケアテイカーやウィリアム・バジンスキー、初期ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーが試みたような、超えられないはずの時間を超越した過去の記憶の再現/追体験/翻訳の記録として、大変に意義のあるものだと思う。

そのほかにもon4wordはマッシヴ・アタックやボーズ・オブ・カナダのカヴァーを、YouTubeやSoundCloud上でのみ発表されているもので言えば、テーム・インパラ、デス・グリップス、ナイン・インチ・ネイルズ、キング・ギザード&ザ・リザード・ウィザードのカヴァーもしている。参照元が90年代だけでなく2010年代にも偏向しているのには、やはりon4wordにとって2010年代前半のヴェイパーウェイヴ/チルウェイヴからの影響というのが潜在的に多大なのだろう(彼がSoundCloudに音源を最初に上げたのは2011、2012年ごろ、ちょうどヴェイパーウェイヴ最初の隆盛期と重なる)。


2. on4wordみたいな音楽、なんて呼べばいいんですかね

on4wordの音楽のジャンルを《Rate Your Music》で調べてみると、「sequencer & tracker」や「digital fusion」という言葉が当てはまりそうだ。そういえば最近、《Rate Your Music》の認証がきびしくなり過ぎてパソコンからページ閲覧できなくなってしまった(オートバイのパネルを選ぶ認証が難しく、IPがブロックされたため)。AIが進化して、いまやGooglingをするのはニンゲンだけじゃないってわけだ。シンギュラリティ万歳!

このsequencer & trackerというジャンルは、オーディオサンプルをトラッカーというソフトウェアによって組み立てて制作される音楽を指しているようだ(いわゆるチップチューンは8ビットによるサウンド合成を行うという点で、オーディオサンプルを用いるsequencer & trackerとは本質的に異なるので注意が必要)。ゲーム音楽にももちろん用いられ、例えばZUNによる「東方Project」シリーズのサウンドトラックを聴いたことのある方はその音楽性をイメージしやすいのではないか。

一方でdigital fusion(post-chiptuneとも)は、チップチューンなどにインスパイアされたシンセ・サウンドを用いて、ジャズやクラシック、ロックやダンス・ミュージックを再現しようと試みるものである。ゆえにジャンル名が指し示すサウンドの幅は広く、様々なものが包括される。Kate NV『WOW』やパソコン音楽クラブ「Aqua Glass」などをイメージするとわかりやすいかもしれない。

ちなみに昨年には、Something is Realというユーザが、ニルヴァーナをはじめ90~2000年代USオルタナ/インディーをNINTENDO64サウンドでカヴァーした音源を多数発表したことも話題になった。しかしSomething is Realの作品はパロディミュージックの趣に近いものである(musical parodyについてはСмешарикиのレビューで触れている)。on4wordの作品の音楽的/批評的意義はまったく別のところにあるため後述します。

これはon4wordではないので注意してください

ここからはon4wordが発表している3枚のアルバムについて取り上げたい。


3. 『In Rainbow Roads』という逆説


トム・ヨークのソングライティングの円熟期と、バンドの進化し続けるプロダクションが重なった、レディオヘッドの華々しいキャリアの中でも大傑作と言っていい『In Rainbows』。on4wordが最初の作品集の題材にこのアルバムを選んだのは、もちろん『マリオカート』シリーズの「レインボーロード」とのひっかけもあるだろう。しかし、そののちに『OK Computer』をカヴァーしたアルバムを発表していることも踏まえると、これらのチョイスには必然性があるようにも思えてくる。

必然性のひとつには、上にも述べたが『OK Computer』や『In Rainbows』が、いずれもトム・ヨークのソングライティングが存分に発揮されたアルバムだということ。『OK Computer』における「Karma Police」や「Let Down」のような大名曲はもちろんのこと、『In Rainbows』における「Reckoner」や「Videotape」もまた、その2曲の系譜に連なるような、トム・ヨークが実験性とともに合わせ持っている美しいメロディーや和声の進行といったソングライティング面での特性が前面に出た作品だと言える。

『In Rainbows』に関してもう一つ言うとすれば、レディオヘッドがこの時期からリズムの探求という方向性でさらなる進化を遂げたということである。このアルバムが5拍子のビートからなる「15 Step」で始まることは言わずもがな、ソロ活動を開始しブリアルをはじめとするUKのビートシーンとの共振を経て、トム・ヨークがその後の活動でもリズムへのこだわりを詰め続けていったことは読者の皆さまもご存じのことだろう。

さて、on4wordによる『In Rainbow Roads』を聴いてみよう。NINTENDO64サウンドによりペラペラに平準化されたビートが、『In Rainbows』におけるプロダクションをいったん無に帰している。しかし同時に、リズムやフレーズが強調・抽出されることで、トム・ヨークのソングライティングやリズムといった『In Rainbows』の魅力が逆説的に浮かび上がるという仕組み。

ペラペラという表現にon4wordを貶める意図はない。「15 Step」の印象的なビートは、小気味よいキック&スネアによって見事に再現されているし、曲中の“あの声”の再現にはマリオの声が用いられ、on4wordのユーモアに思わず笑みがこぼれる。「Nude」では美しいメロディーやベースラインが、NINTENDO64のレトロだがチャーミングな音色によって奏でられ、原曲とはまた異なる良さが生まれている。

一方で「Bodysnatchers」や「Weird Fishes / Arpeggi」のような、レディオヘッドのバンドアンサンブルの強さを証明するような楽曲では、明らかにソングの魅力が目減りしているのがわかる。ギターサウンドを表現するのは不得手のようで、トムがSGで弾くブルージーなリフも、ジョニー・グリーンウッドとエド・オブライエンが奏でるミニマルでポリリズミックなフレーズも、on4wordの手にかかると強弱や緩急がすべて押しなべられ、ガラケーで自作した着メロのような平坦さになってしまう。でも「Weird Fishes / Arpeggi」の3/8拍子で繰り返されるフレーズについては、『マリオカート』でアイテム決定待ちをしているときのSEのような、別の種類の心地よさがある気がする。


4. 『OK Nintendo 64』の温かみ


『OK Computer』のカヴァー・アルバムです。TikTokではいまだ音楽批評の土壌は育っていないが、日本語ネイティブ圏のTikTokでは、ノスタルジアを多分に含んだ90年代ロック語りがすでに盛んに行われている。レディオヘッドもまた「Creep」や「Karma Police」といった90年代の曲ばかりが振り返られ、『Kid A』(2000年)や『In Rainbows』が顧みられていないのは象徴的。そういえば芸人の永野が一発屋からの復活を果たしたのも、YouTube上での90年代ロック語りがきっかけでした。

on4wordが2枚目のアルバムのモティーフに『OK Computer』を選んだ理由は、そういうノスタルジアによるものではない。先述のとおり、『OK Computer』はトム・ヨークがキャリア史上もっともソングライティングが豊かであった時期に制作されたアルバムである。それはのちにリリースされた再発盤『OK Computer OKNOTOK』(2017年)に収められたアウトテイクやシングルのカップリングに、「Man of War」や「Lift」といった隠れた名曲が多く存在することに裏付けられている。

on4wordも「Lift」はそのカヴァーをSoundCloud上にのみ公開している。ともすれば色物扱いされかねないon4wordだが、トム・ヨークのソングライティングやバンドサウンドの真価を見抜いたレディオヘッド・フリークでもあるのがおもしろい。もしここでカヴァーの題材に『OK Computer』ではなく『Kid A』や『The King Of Limbs』(2011年)を選んでいたら、それはもっと退屈なアルバムになっていたと思う。

on4word『OK Nintendo 64』のハイライトをいくつか挙げるとしたら、「Let Down [The Legend of Zelda: Ocarina of Time]」、「Karma Police [Star Fox 64]」、「No Surprises [Banjo Tooie]」あたりだろうか。奇しくも名曲ぞろいになってしまった。楽曲名にはサウンドの元になったゲームソフトの題名が併記されている。

「Let Down」は、原曲ではギターによる美しいアルペジオが光るが、『ゼルダの伝説』のサウンドを用いたカヴァーでは笛や弦楽器を模したような音色がその役割を担っている。よく聴くと、様々な音が多層的に編み込まれているのに気づく。中には「原曲にこんな音あったっけ?」と思うものもあり、また原曲を聴いてみる、という聴き手の主体性を誘発する良カヴァーだね。

「Karma Police」も「No Surprises」も、原曲のフレーズがそれぞれのゲームのサウンドでさまざまに新解釈を加えた上で再現されている。「Karma Police」でのホーンを模したような音色。曲後半ではディストーション・ギターも登場し、牧歌的だった印象から一気にアンサンブルをロックバンド然としたそれに変える。「No Surprises」の『バンジョーとカズーイ』から取られた音色によるカヴァーもまた牧歌的で素晴らしい。

レディオヘッドのMVをパロディにしたサムネイルもチェック

そう、NINTENDO64のサウンドフォントでつくられた楽曲は、もとの楽曲より牧歌的に聴こえるのだ。温かみのあるサウンド、と言ってもいい。一時期、ニコニコ動画などでも流行ったポップソングの8-bitカヴァーは、原曲と比較してのチープさや機械っぽさ、あるいは生命感のない「冷たさ」が面白がられたはずだ。

わたしたちがon4wordによる『OK Computer』カヴァーに温かみを覚えてしまうことには、このような感覚の反転がある。電子メール以降、手書きの文字に温かみを覚えたり、ヴァイナル・レコードに温かみを覚えたり……。最近ではCDがアナログな媒体だと勘違いしている人もいるとか。かつてのスタンダードがレトロニムとして置き換えられてしまうたび、温かみや懐かしさといった観念も書き換えられてしまう。みんなAIがどうとか言ってるけど、わたしたちの生体知能(NI)はこんなにも温かいんだから、もっと有用に使おうね。


5. 『Selected Aphex Works N64』でついに見せたぞ換骨奪胎術


エイフェックス・ツインのカヴァー集です。現時点でon4wordの最高傑作だと思います。

曲目は、・『Selected Ambient Works 85​-​92』(1992年、以下SAW)から3曲、
・『Selected Ambient Works Volume II』(1994年、以下SAW II)から3曲、
・『.​.​.​I Care Because You Do』(1995年)、『Richard D. James Album』(1996年)から1曲ずつ、
・『Come To Daddy』(1997年)から2曲、
・『Windowlicker』(1999年)、『Drukqs』(2001年)、『Syro』(2014年)から1曲ずつ、発表順におさめられている。

ご覧のとおり全13曲中の半分近くが、初期のアンビエント作品2作からカヴァーされている。それだけon4wordにとって、エイフェックス・ツインの作風の真価がアンビエントに宿っていると感じられるということか。『Selected Aphex Works N64』を聴くと、それもなかなかうなずける。

「Xtal」(『SAW』収録)は、よりキックとメロディーが強調される形でのカヴァー。チープなビートで構成された楽曲は、奇しくも初期IDMのビートとも重なる。それと同時に、エイフェックスのメロディーの美しさを再認識する。控え目ながらも内なるエモーションやドリーミーな表情を見せ続けるメロディーは、エイフェックスがプロデューサーである以上に、時にトム・ヨークをも上回る優れたソングライターであることを証明している。

on4wordのアンビエント作家としての才は、ビートやメロディーがない楽曲で特に光る。「Stone in Focus」(『SAW II』収録「#19」)は6分ほどの原曲から10分強へと引き延ばされ、なおかつ原曲にあったキックはなくなり、深遠なアンビエンスだけが残っている。

NINTENDO64のサウンドフォントでつくられたことを忘れるほど、朧げでサイケデリックなそのアンビエンスからは、エイフェックスがうそぶいた「夢の中で作曲した」という発言を思い出す。野田努いわく「自分の心臓の鼓動みたいに聞こえる」()キックドラムが抜かれたこのカヴァーは、もはやon4wordの内面世界や精神宇宙をそのまま投影したかのような、浮世離れした音として聴かれる。

レディオヘッドのカヴァーとは異なり、アレンジや曲の長さに改変が加えられているものが多い。そこには、ただNINTENDO64の音色でカヴァーするという、パロディ/色モノ的な立ち位置を越えて自分の音を見つけていくという、on4wordのプロデューサーとしての矜持があるのではないか。こういうオリジナリティという点においても、今まで行われてきた8-bitカヴァーやNINTENDO64カヴァーとの違いを強調しておきたい。

『In Rainbow Roads』や『OK Nintendo 64』では、あくまでバンドの音楽をゲームサウンドで再現している、いわばオートマトンがバンドごっこをやっているのに近い雰囲気だった。しかし『Selected Aphex Works N64』では、独立したアンビエント・レコードとしての強度も持ち合わせた作品になっている。これまでにもトラッカーを用いたアンビエント作品は、実際のゲーム音楽をはじめ多く制作されてきた。しかしそれらとも違う。ゲームのBGMという機能的な側面を抜きに、アンビエントとして聴かれることを目的とした音楽。

on4wordにとっての音楽制作は、10代から20歳前後にコーンウォールのベッドルームで、自宅の機材のみでファースト・アルバムを制作したリチャード・D・ジェームス青年の経験を追体験するようなものだったろう。そういうリスペクトもふんだんに感じられるのだ。

NINTENDO64サウンドは、意外にもメロディーラインよりもアンビエンスの方が描きやすいのかもしれない。「Alberto Balsalm」(『.​.​.​I Care Because You Do』収録)のカヴァーを聴くと、それがよくわかる。エイフェックスは『​I Care』以降、アンビエントを離れダウンテンポを中心とした複雑なリズムに美しいメロディーがのっかる、「第2章」とも呼べる段階に入る。on4wordによるこの曲は、『マリオ』シリーズでおなじみの「ワンワン」の声がフィーチャーされている。IDMらしいビートとエイフェックスらしいメロディーが絡むが、アンビエント期の楽曲のカヴァーに比べると、NINTENDO64の薄っぺらい音色が楽曲本来の魅力を半減させている気がしてならない。それはそれで面白いのだけど。

「Flim」や「IZ-US」(『Come To Daddy』収録)のような楽曲についても同様。ブレークビーツ然としたビートにメロディアスなフレーズが乗るという意味では、先ほど紹介した『OK Nintendo 64』に入っていても違和感がないかもしれない。もっともレディオヘッド『OK Computer』の背景にはDJシャドウ的なヒップホップ~トリップ・ホップからの影響があると考えれば、その近似性は妥当な事実ともいえる。ヒップホップからラップをなくしたものがトリップ・ホップ、トリップ・ホップが名前を変えたものがダウンテンポでありブレークビーツ、という見方もあるわけですしね。レディオヘッド『OK Computer』とエイフェックス『Come To Daddy』、ともに1997年リリースだし。

それにしても「Windowlicker」のカヴァーが、ドレクシア(Drexciya)ばりのエレクトロ(electro)なビートになっているのには驚いた。「Windowlicker」がエレクトロだったとは。いまだにアートワークばかりが一人歩きしがちな同曲と、ドレクシアの代表作『Neptunes Lair』もまた、どちらも1999年リリースという同時代性って、わたしには完全に抜け落ちていた視点だったのですが、すでに語られていることなのでしょうか。

また「Ageispolis」(『SAW』収録)のカヴァーで、後半のビートとリズムパターンがスロッビング・グリッスル(TG)「20 Jazz Funk Greats」に酷似しているのにも驚く。実際にスロッビング・グリッスルから影響を受けているとされるエイフェックスのアンビエント・テクノが、ペラペラな音質に置き換わることで、インダストリアルの始祖がリズム・ボックスを入手したことでやっと少しのキャッチーさを獲得したころの楽曲に接続されるとは。

このようにon4wordはいっけん淡々と、コピーに近いカヴァーを繰り返しているように見えるのに、自覚してか無自覚か、元ネタに新たな視点や文脈を付け加えてしまう。そんなon4wordを「作家」と呼ばずしてなんとみなそう。繰り返すが、on4wordはそのほかの8-bitカヴァーやNINTENDO64カヴァーを行うクリエイターとは比べものにならない射程の長さを、作品に持たせている。どちらかを下げる意図はない。on4wordが、一過性の話題として消費されるにはあまりにもったいない作家だということを強調したい。

エイフェックス・ツインは、ベッドルームから粛々とテクノやアンビエントをリリースしていた初期に比べて、『.​.​.​I Care Because You Do』以降には過剰に自分の「顔」をヴィジュアルとして打ち出すようになった。そこには当然リチャードの露悪や、表現への幼児性(無邪気さ)の反転としての意味あいがあって、それは音楽面でも表出していたのはすでに語られているとおり。on4wordはそれらの真逆。徹底してパーソナリティを隠した活動や、平準化されたNINTENDO64によるサウンドは、0か1かの電子世界や、ゴムやプラスティックのボタンが立んだコントローラーを想像させるもので、作り手の顔が浮かび上がるものではない。リミナルスペースやpoolcoreとも接続できそうな「Stone in Focus」の深く暗き深淵は、音楽を聴いていることすら忘れそうな無意識/意識のはざまを眼差すが、それが逆説的にon4wordの作家性やエイフェックス・ツインへのリスペクトを映し出している。

on4wordは過去の偉人のコピーにとどまらず、自分の作品を手に入れる方向に推し進めてきた。ひたすら盲目的に過去の拡大再生産を行えば、もっと手軽に確実な「数字」を稼ぐことができるのに。『Selected Aphex Works N64』の選曲にみられるon4wordのキュレーションとは? 「Stone in Focus」を4分以上も長いアレンジにした意図はなに? オマージュするだけでは絶対に先人を超えることはできない。世界のどこかでそんな試行錯誤を、誰にも知られることなく繰り返している作家の存在を、わたしたちは見つめ続けないといけないよ。


6. おしまい

この作文における、いくつかの仮想敵を想定して皮肉をこめた言葉が、あらゆるところで分断や対立が起こっている現在の社会に、どれだけの交通を促すかはわかりません。ただ、そういうリスクも伴う語りこそが、on4wordのような作家には必要とされていると思います。

無邪気にインスタントに飛びついて手放すばかりでは、形式やニュアンスによる表現ではなく、ワンアイディアの作品(一発ネタ)ばかりがインプレッションを稼いでしまう(ビヨンセ『COWBOY CARTER』は素晴らしい作品だが、ワンイシュー(one-issue)の作品の“強さ”を証明してしまった)。on4wordの作品も、安易な断定と納得、それによる安心を目指した消費の対象とされるリスクを自ら背負っている。「一刻も早くそこに達したい」。TwitterやYouTubeで気のきいた一言やそれらしい解説を添えて「最高!」と共有される、ユーザーの自己目的化したアクションの生贄とされる音楽や映画は、もはやポルノとしか呼べないものである(ポルノというのはメタファーです、一応ね。二村ヒトシのAV新法改正活動を支持しています)。

Spotifyをはじめとするストリーミング・サービスをめぐる諸問題も、根底にはそういう産業ポルノ的な思想と、即効性を重視したビジネス的側面の両面の上に浮かんでいるはず。上に述べてきたような、on4wordの自らの個を封印した活動内容や、拡大再生産にとどまらない作風は、そんな状況に奇しくも盾突くようなものであるはずだ。わたしもまた、この世界に散らばった無数のクリエイターたちが、持続性のない好奇や一時の安心の触媒としてではなく正面から評価されることを目指したい。あるいは少しの緊張感を伴った対話のプラットフォームを探して、まだまだ電子の宇宙をさまよい続けたいと思うわけです。(髙橋翔哉)

Text By Shoya Takahashi


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