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ニア・アーカイヴス『Silence Is Loud』
創作とは歴史を継承することである

07 June 2024 | By Kohei Yagi

「ジャングル/ドラム&ベースの始まりを辿ると、ふたつのカルチャーが源流にあることがわかる。ひとつは、90年代初頭にアシッド・ハウスに代わりハードコア・ブレイクビーツが主役に踊り出たレイヴ・カルチャー。もうひとつは、ジャマイカ移民が持ち込んだレゲエのサウンド・システム・カルチャー。このふたつがレイヴ・シーンの中で交錯して生まれたハイブリッド・ミュージック、それがジャングルだ」
『ベース・ミュージック ディスクガイド』

ニア・アーカイヴスはジャングルの申し子である。それは彼女がシャイFXやコンゴ・ナッティ、ロニ・サイズといったレジェンドたちと共演したこと、そして彼女自身がデビュー当初から、ジャングルにこだわり続けて楽曲をリリースし続けているだけが理由ではない。ニアがイギリス人とジャマイカ人のハーフであるという血統的事実がそのまま、ジャングルという音楽ジャンルの成り立ちと静かに重なり合っているということが、彼女をジャングルの申し子と呼ぶべき大きな理由のひとつだろう。ニアの祖母であるリズは、ウィンドラッシュ世代の一員として、ジャマイカからヨークシャーに移り住んできた。ウィンドラッシュ世代とは、1948年から70年代初頭にかけて、第二次世界大戦後の復興の助けとして、当時イギリス領植民地だったジャマイカをはじめとした西インド諸島から移民を受け入れ、そのタイミングで定住してきた人々のことを指している。そもそも西インド諸島に黒人住民がいたのは、イギリス、西アフリカ、西インド諸島間の三角貿易の結果でもあるのだが、その辺りの歴史に興味がある方はぜひご自身で調べてみてほしい。ともかくウィンドラッシュ世代とその子孫たちの存在はイギリスの音楽シーンに、ポスト植民地的多文化社会を持ち込むことによって大きな影響を与えた。ジャマイカ音楽のイギリスへの導入は、彼らの存在なくしては語れないだろう。つまりそれは、イギリスのベース・ミュージックの土台になっているといっても過言ではない。我々が享受しているイギリス音楽の影には、イギリスという国の罪が宿っていることを、ニアの出自を見ていると思わず再認識してしまう。彼女自身も以下のように語っている。

「私はジャマイカ人とのハーフだから、ダンスホールやジャングルなど、サウンドシステム・カルチャーの中で育ったんだ。私はダンスホールの曲のベースラインが大好きで育ち、ジャングルは似たようなリズムを持っていることに気づきました。それに、ジャングルではレゲエのサンプリングが多くて~イギリスとジャマイカのクロスオーバーがたくさんあり、私は自分の二重の遺産を誇りに思っています。」
https://www.rollingstone.co.uk/music/features/nia-archives-baiana-interview-23544/

祖母のリズはブラッドフォードで、なんと海賊ラジオを運営していたこともあり、ニアはサウンドシステムに囲まれて育ったらしい。そこではよくジャズやソウルが流れていたようだ。それだけでなく、両親が家の裏庭でパーティーを開き、レゲエ、ラヴァーズ・ロック、ダンスホール、ジャングルをかけていたらしく、まさに幼少期から音楽の英才教育を受けていたと言っていいだろう。家族がペンテコステ派の教会に通っており、聖歌隊に触れたことも、大きな経験だったようだ。通っていた学校のオーケストラと合唱団に参加することもあれば、継父はラッパー兼プロデューサーで、時々彼のLogicをニアはいじっていたこともあったようだ。そうやって音楽的教養を培ってきたニアは、16歳になる頃にはマンチェスターに移り住み、そこでパーティーやレイヴに参加し、楽曲制作をスタートさせた。ニアとジャングルの関係について考える際に、彼女がどのような出自で、どのような音楽環境で育ってきたのかを知ることが「ウィンドラッシュ世代」というキーワードを通して考えることが極めて重要であることがわかっていただけただろうか。

もう少し別の角度からニア・アーカイヴスという音楽家について迫ってみよう。ニアがジャングルというベース・ミュージックをプレイする「黒人女性のエレクトロニック・ミュージシャン」であるという側面は、彼女の活動において極めて重要なものとなっている。それはニアが次のような発言をしていることからわかる。

「ジャングルは黒人起源の音楽で、当時のレイヴは黒人が圧倒的に多かったけど、それでも混ざり合っていた。白人、アジア人、ラテン系、ゲイ、異性愛者、誰でも大歓迎でした。ジャングルはすべての人のためのもので、私のショーやファンの多様性は私にとって非常に重要です。」
https://mixmag.net/feature/nia-archives-jungle-interview-cover-feature

彼女はベース・ミュージックにおける多様性を重視する。そのため、様々なインタビューでUKベース・ミュージックのボーイズ・クラブ的な側面や白人優遇的な側面を指摘してきた。英国内外のブラック・ミュージックを称えるMOBO(Music of Black Origin)アワードがその時点でエレクトロニック/ダンス部門を設けていなかったことを、2022年に公開書簡という形で声をあげたりもした。尊敬する人物の名前には、DJ FlightやDJ Stormといった女性DJを挙げることを忘れない。特にDJ Flightのことはメンターとして慕っており、彼女が運営する団体=EQ50(※1)にも招かれた。

※1 EQ50はドラムンベースにおけるジェンダーの不均衡を是正するために設立され、メンターシップなども行っている団体だ。現在のUKでEQ50のような活動があることは非常に重要なことで、日本ではあまり知られていないようなので、ぜひこの機会に紹介させていただければと思う。
(DJ Flight)「EQ50メンターシップが、新世代のwomxn(「シス、トランス、フェム、ノンバイナリーの人々」と定義)がプロデュース、プロモーション、DJ、歌/MCなど、かれらが夢中になっているものは何であれ、自信を与えたり、連帯を示したりするきっかけになることを願っています。」
https://mixmag.net/feature/dj-flight-eq50-mentorship-drum-n-bass-interview


そんなニア・アーカイヴスがエレクトロニック・アーティストとして初めて、《BBC Music Introducing》のアーティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ビヨンセのツアーの前座を務め、ブリット・アワードやBBC Sound Of 2023にもノミネートされることは現代のUKベース・ミュージックシーンにおいて大きな意味を持っているし、その自身の影響力をベース・ミュージックの現場における多様性の拡張に活かそうという意思を、彼女は強く持っている。それは近年ピンクパンサレスやピリ&トミー、Charlotte Plankといったアクトたちの存在感が増していることも、ニアの目指す多様性の追い風になっているだろう。

ここまで読むと、ニア・アーカイヴスという音楽家のサウンドはブラック・ミュージックの要素がさぞ強いものなのだろうと思う方もいるかもしれない。しかし、ニアのデビュー・フルアルバム『Silence Is Loud』はまったくそんなことはなく、彼女は白人が作る音楽にも強く影響を受けていたことがわかり、そのことをストレートに表明する興味深い内容になっている。自身が受けてきた影響を素直に取り入れてアウトプットし、ブラック・ミュージックだけではなく、白人が作る音楽ついても、彼女はリスペクトを持って接しており、そこに屈折が感じられないのがユニークな点だ。

そもそも彼女はジャングルと他ジャンルの融合を得意とする音楽家だ。デビューEP『Headz Gone West』の「(Over​)​Thinking」や2枚目のEP『Forbidden Feelingz』の「Luv Like」ではインディー・ロック的なメランコリックなギターをループさせ、そこに自身のヴォーカルを乗せながら、トラディショナルなジャングルとは一線を画すサウンドを作ろうという彼女の才能の萌芽が見られた。

彼女が本格的に批評家の注目を集め始めたEP『Sunrise Bang Ur Head Against Tha Wall』では、その越境的なキメラ・サウンドはさらに推し進められる。「Baianá」では(※2)ブラジルの音楽アンサンブル、Barbatuquesの同名のトラックからサンプリングすることでサンバのエッセンスを取り入れ、「That’s Tha Way Life Goes」ではボサノヴァをジャングルと抱き合わせた。「No Need 2 Be Sorry, Call Me?」ではR&Bの要素を強め、「Convienency」にはフォーキーなサウンドを取り入れ、ニア・アーカイヴスのジャングル・サウンドは急速に拡張されていった。

※2 ニア・アーカイヴスがブラジル音楽に興味を持ったいたことはやや唐突に思われるかもしれないが、ブラジルにはDJ PatifeというドラムンベースのスターDJがいて、ニアは彼へのリスペクトを公言している。他ジャンルの音楽とジャングルをミックスさせるというニアのアイディアに彼がもたらした影響は大きい。

その拡張の果てが『Silence Is Loud』だ。Apple Musicには、ニア・アーカイヴスによる各楽曲の解説が載せられているのだが、そこでは彼女がどのようなサウンドからインスピレーションを得たのか、逐一固有名詞を挙げながら説明している。「Silence Is Loud」は「キングス・オブ・レオンとレディオヘッドが交わるような瞬間にしたい」といい、「Cards On The Table」はブリットポップ、「Unfinished Business」はフー・ファイターズ、「Blind Devotion」はマッシヴ・アタック、「Out Of Options」はロネッツ(!)といった具合に楽曲の参照点を明らかにしている。彼女はジャングルの歴史についてはもちろん、ポップ・ミュージックの歴史への敬意を常に持ちながら、自身のサウンドを磨き上げていっている。アートとは自らの思い付きで生まれるのではなく、その歴史の繋がりの中で生じるものなのだということを彼女は創作の中で体現している。リスナーへの啓蒙も忘れることはなく、自身の作品を媒介とし、音楽という快楽の歴史の中へリスナーを誘っていくのだ。

「あなたの前にどんな人たちがいたのかという歴史を祝福して、人びとを称賛し、物事を未来に進めていくことが重要だと思います。なぜなら、あなたが言うとおり(ジャングルが生まれてから)30年は経つわけだから、次の世代にも、いまのジャングルをかたちづくる基礎を築いたオールドスクールなものに触れていてほしいんです。」
https://www.cinra.net/article/202402-niaarchives_ymmts

『Silence Is Loud』でジャングルの拡張を試みる際に、彼女は自身の才能を引き出してくれる優秀なプロデューサーを求めた。それが去年初めてのオリジナル・アルバム『Abandon All Hope』をリリースし、ジョックストラップやFKAトゥイグス、スロウタイ、ヴィーガンといったアクトの作品に客演してきた、イーサン・E・フリンだ。インディー・ロックやブリットポップ、トリップホップやモータウン・サウンドまで取り入れた『Silence Is Loud』のバリエーションに対応できる、うってつけの人物が彼だったことは作品のクオリティが証明している。本作の特徴のひとつに、ソングライティングの向上もあるが、それもおそらくイーサン・E・フリンが作曲に入っているからだろう。マルチ・インストゥルメンタリストとしての実力も大いに発揮しており、様々な楽器を演奏することで、ニア・アーカイヴスが望む音楽性の獲得に成功している。

ソングライティングというところでいくと、やはりブラーを彷彿とさせる「Cards On The Table」は面白い。本作の他にも、デュア・リパやA.G.クックがブリットポップを意識した作品をリリースしている。この白人男性的な要素の強い国粋主義的な音楽ジャンルを今どう扱うかは難しいところだが、ニア・アーカイヴス自身はそこに対してもちろん自覚的であり、イギリス人の血が入っている自分はブリットポップを誇りに思っており、愛国心を持つことは悪いことではないと発言している。ジャングルもブリットポップも90年代のUKで隆盛を極めた音楽ジャンルだが、イメージが異なる両者を融合させてみせたニアはやはり新世代の音楽家といえるだろう。

また、ここまでジャングルにこだわり続けてきたニアがそれを手放し、鍵盤をメインにして歌い上げた「Silence Is Loud (Reprise)」からは、本作がジャングリスト=ニア・アーカイヴスのアルバムというだけでなく、シンガー・ソングライター=ニア・アーカイヴスのアルバムということがわかる要注目の1曲となっている。というのも、ぼくは『Silence Is Loud』における後者の要素を最初は軽く見ている部分があり、うーん、ちょっと歌の要素が強くなったなぁ、EP『Forbidden Feelingz』から再収録された「Forbidden Feelingz」や、ラガ・ジャングル「18 & Over」(『Forbidden Feelingz』にのみ収録)といった彼女の過去曲を掘り下げたサウンドや、歌を無くしてビートに注力したサウンドが聴きたいなぁという思いもあったのだが、今はシンガー・ソングライターであり、なおかつジャングリストでもあるというニア・アーカイヴスの存在をユニークだと思う気持ちも強い。

様々な層にリーチする越境的な音楽性や、ポップな歌モノという要素だけでなく、「Silence Is Loud」や「Unfinished Business」に見られる4分の4拍子のダンサブルなサウンドが存在していることからも、本作はニア・アーカイヴスがジャングルというジャンルの知名度を上げようという志がひしひしと感じるが、それは戦略であるとともに、心から楽しんでやっているということが伝わってくるのもまた良い。そういった試みを1つのアルバムの中で実施しようという試みそのものがチャレンジングだからだ。

楽曲をポップにするという意味でのチャレンジを行う一方で、エクスペリメンタルという意味での攻めの姿勢も見せている。例えば爪弾かれるギターからノイジーなシンセとビートが流れ込み、リズムが変化していく「Tell Me What It’s Like?」やチェロの響きが印象的でありつつ今作で最もヘヴィなサウンドでもる「F.A.M.I.L.Y」、ビートが鳴っていない瞬間のアンビエントなシンセが魅力的な「Killjoy!」など、彼女のサウンドの可能性を感じさせるチャレンジが本作にはあり、ただ単にポップになりましたね、というだけではなく複雑さを『Silence Is Loud』は持っている。

『Silence Is Loud』がジャングル~ドラムンベースを昔から愛してきた古参リスナーや、ふだんからエクスペリメンタルなビート・ミュージックを聴いているリスナーにどれだけ刺さるのかは、正直、個人的にはわからない部分もある。前述したように、ぼく自身も、現在のニア・アーカイヴスに対して戸惑いのようなものを感じていたし、今でもどう受け止めたらいいのかわからない部分がある。ただ、間違いなく言えるのは、彼女が今、ジャングルというジャンルを自覚的に背負っていて、それを広めるにあたって、明確な方向性を持って多方面で精力的に活動しており、『Silence Is Loud』のようなチャレンジングな作品をリリースしたという事実があるということだ。Y2Kムーヴメントでのジャングル~ドラムンベースのリヴァイヴァルなんて言われているが、少なくともUKにおいては、ぼくはニア・アーカイヴスの存在や活動を他のリヴァイヴァル勢と比較しても圧倒的に面白いと思っている。それは本稿で言及してきたように、彼女が明確に歴史を愛している音楽家だからだ。(八木皓平)

Text By Kohei Yagi


Nia Archives

『Silence Is Loud』

LABEL : Hijinxx / Island / Universal
RELEASE DATE : 2024.4.12
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