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イ・ラン『オオカミが現れた』の歌詞に見る「連帯」の力

24 March 2022 | By Daichi Yamamoto

「主に私と私の友達のことを考えながら曲を作ります。私の友達が安全に暮らせる世の中を思い描きながら、ちょっと革命家のような曲を歌っています。どうか私がこういう曲をこれ以上作らなくてもいいように、差別と憎悪のない世の中が早くやってくることを切に願っています」

1月23日、ソウル歌謡大賞で「今年の発見賞」を受賞したシンガーソングライター、イ・ランは受賞スピーチでこう話した。韓国大衆音楽賞でも最多の5部門6ノミネート(「最優秀フォーク・ソング」部門では2曲がノミネート)の末、「今年のアルバム」と「最優秀フォーク・アルバム」部門を受賞するなど、発表から半年経過したいまも韓国では昨年の最も重要なアルバムの1枚として評価の高い彼女の新作『オオカミが現れた』は、自らとその周囲の日常からインスピレーションを得た個人的なものであると同時に、壮大な「連帯」と「抵抗」の歌だ。

私の友達はみんな貧乏です
この貧しさについて考えてみてください
それはそのうち あなたにもふりかかかるでしょう
この土地には衝撃が必要です
私たちは役立たずではありません
あなたたちが食べるパンをつくっているだけでも
葡萄酒を醸造しても 食べられるのはそのかすだけ

—「オオカミが現れた」より(以下、歌詞の日本語訳は日本盤にも収録の公式対訳より。「オオカミが現れた」の対訳はSoundcloudページにも掲載)

不穏なチェロの音とイ・ランの語りで始まる、タイトル曲でもあるオープニング「オオカミが現れた」は、聴き手の想像力を掻き立てながら、不平等や格差の問題を糾弾する歌だ。歌詞の中で特に印象的だったこの部分は、自分と関係がないと思える人(例えば、バタバタして余裕のない通勤中に寄るコンビニの店員でも、道端で横になっているホームレスでも、テレビの画面を通して知る遠くの戦地の人たちでもいいだろう)の命やその痛みもどこかで自分と必ず繋がっているんだ、明日には自分がその痛みを訴えているかもしれないんだ、そんなことを考えさせる。アルバム『オオカミが現れた』は、全体的に「우리(読み:ウリ、”私たち”の意)」という主語が何度も印象的に聞こえてくるが、この曲でイ・ランは、周囲に目を向け同胞たちの声を代弁し、困難に直面する彼女・彼らに連帯し、一緒に闘うための力を送っている。

「オオカミが現れた」

あるインタビュー記事でイ・ランは、この「オオカミが現れた」について、「デモの現場で一緒に歌える曲を作りたかった。国民的なデモの現場で自分の曲を歌うアーティストが羨ましかったし、一小節だけでも皆で一緒に歌える曲を作りたかった」と話している。歌詞の内容はもちろん、「オオカミが現れた!」と叫ぶ場面は、デモや集会のシチュエーションにもぴったりだし、「オオカミ、魔女、異端、城門、暴徒、異端、パン、城…」のような中世時代を連想させる単語は歌をより一層力強くさせる。それにコーラスで参加するオンニ・クワイア(彼ら・彼女らは”非婚、クイア、フェミニズムを歌う”ことを掲げる合唱団だ)たちの声は、市井の市民たちを象徴するかのようだし、プロテスト・ソングとしての出来も見事だ。

「患難の世代」MV

一方、一足早く2020年にシングルとして公開され、アルバムではオンニ・クワイアが参加したバージョンも含め、2バージョン収録された「患難の世代」もアルバムを象徴する連帯の歌だ。ただ、その連帯の表現は独特で、〈ひょっとしたら今日からもう会えない/大切な私の友達よ/みんなで同時に死んでしまおう〉とか、悲観的で絶望的な言葉が並んでいるこの曲は、「オオカミが現れた」とは反対の方向を向いている歌だと言えるかもしれない。筆者もシングルとして発表された当時は複雑な意味の歌だと感じたが、アルバムが発表されてからハッとした。イ・ランはアルバム中「患難の世代」の2つ後に収録された「意識的に眠らないと」で、こんな風に歌っていたからだ。

私に愛の歌がつくれるだろうか
私の話す言葉は みんな死んでしまおう、死んでしまおう、滅亡してしまおう
そんなのばかりだけど
これが愛の歌だということは 友達は知っているはず

なるほど、これはイ・ランにしか作れない同胞への究極のラブソングであり「死」に対する抵抗だ。死んでしまえば、仕事やお金の心配をせずに、憂鬱に苦しまずにも済む、〈ああ 最高〉〈ああ すっきり〉(「患難の世代」)だ。けれど誰かが先に死んではダメ、同時に死んでしまおうと歌うのは友人を愛しているからだ、そう伝えたいのかもしれない。

もちろん、この劇的な2曲の前後に収められた楽曲もアルバムの中で大事な働きをしている。それらは対話形式の歌詞(「対話」)だったり、朝鮮の伝統芸能であるパンソリの「水宮歌」の引用(「よく聞いていますよ」)だったり、独り言を繋ぎ合わせたような歌(「意識的に眠らないと」)だったり、朗らかなマーチ調(「パクカン・アルム」)だったり、アルバム全体の緊張感を整えてもいるだろう。それと同時に、例えば毎晩なかなか眠りにつけないことを歌った「意識的に眠らないと」は誰かが「大したことない」と冷たく言い捨ててしまいそうな悩みにも寄り添っているようだし、友人である一人の女性を歌った「パクカン・アルム」は懸命に生きる人の命に光を与えてくれる。そういう優しさは、日々の対話(「対話」)や質問(「何気ない道」)、想像(「ある名前を持った人の一日を想像してみる」)から生まれるということもわかる。連帯という言葉の強さだけでなく温かさも備えているからこそこのアルバムは魅力的だ。

「パクカン・アルム」MV

このアルバムはアートが現実社会の痛みを癒したり、もう少し闘ってみるための勇気を与えたりすることも出来ることを示している。きっとこのアルバムを聴き終わった後には、このアルバムの外にあるあなたや友人の住む世界を想像しているだろう。そして、イ・ラン自身の「抵抗」と「連帯」も、このアルバムの外でも続いている。

例えば最近では、出演者の大部分を占めたアイドル・グループたちに劣らぬ衝撃を残したソウル歌謡大賞での「オオカミが現れた」のパフォーマンス。演奏中に40人を超える彼女の合唱隊が「差別禁止法制定!今!」というメッセージを何度も手話で表現した。差別禁止法とは、合理的な理由なしに、性別、障害、年齢、性的趣向、出身国家・民族、人種、皮膚の色、言語などを理由にした雇用、財・サービスの供給・利用、教育等の分野での差別を禁止する法案だ。韓国の国会で2007年から何度も発議されながら、保守系キリスト教団体らの反対により制定まで辿り着いていない。イ・ランがこのスローガンを手話で表現することにしたのは、誰かを置き去りにせず「連帯」の意を示しながらメッセージを伝達したかったからだろう。筆者は普段の単独公演でも、聴覚障害者のための文字通訳を度々提供している彼女の姿からそんなことを考えたくなった。また2月の初めには、野党・正義党の沈相奵(シム・サンジョン)大統領候補の青年後援会長に任命され、記者会見に出席していた。彼女のスピーチの中でも印象的だった部分を引用しよう。「生まれてみたら不平等と差別が存在する社会でした。けれど、今を生きる人たちが望むように変えて行くことができるのもこの社会だと思います」イ・ランにとって、歌うこと、映画を撮ること、文章を書くこと、政治や社会を語ったり、関与すること、それらの間には当然、境界は存在しない。

ソウル歌謡大賞でのパフォーマンス

この原稿を仕上げている3月初め、韓国では第20代大統領選挙の結果、新たな大統領が誕生し、政権交代も実現することになった。ここ数年、高騰し過ぎたソウルの不動産価格、ソーシャル・ディスタンスによる営業時間制限で閉業した自営業者たち、トランスジェンダー兵士やセクハラを受けた空軍副士官の自殺、工場や建設現場での労働災害など、不平等や弱者・少数者に関連したイシューを挙げればキリがないほどニュースで耳にしたが、これから良い方向に変わっていくだろうか。筆者は選挙が終わってすぐのいまは、次期大統領が選挙期間中に「これ以上、構造的な差別は存在しない。差別は個人的な問題だ」と発言したり、性平等や児童・青少年の福祉などを推進する行政機関である<女性家族部>の廃止を公約に掲げていたことを考え、むしろこれから社会の中の分断がもっと広がってしまうのでは、と少し憂鬱にもなっている。でもいい。こんな時だからこそイ・ランの『オオカミが現れた』をたくさん聴こう。このアルバムが、誰かの痛みを知ってみるのも、何かを変えようとするのも、この歌を聴いている自分だ、と切実に、強烈に、訴えかけてくれるからだ。外国人で選挙権の無かった筆者は、まずは大統領選挙で投票したかった候補者に寄付することから初めてみた。同じようにこのアルバムが筆者の周辺の人たちにも影響を与えればいいなと思う。(山本大地)

Text By Daichi Yamamoto


イ・ラン

オオカミが現れた

LABEL : スウィート・ドリームス・プレス(Sweet Dreams Press)
RELEASE DATE : 2021.11.15
PRICE : 3000円+税

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Sweet Dreams Press Store / Tower Records / HMV / Amazon / iTunes

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