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映画『ゴーストワールド』
「ゴーストワールド」をさまよう者たち
22年ぶりの上映に寄せて

25 November 2023 | By Yasuo Murao

2000年代が幕を開けた頃に公開された『ゴーストワールド』は、これまでのハリウッドの青春映画とは全く違う世界が描かれていた。ヒロインのイーニドは高校を卒業しても夢や希望は何も抱かず、友達のレベッカと近所をぶらついては世の中に毒づいている。そんな2人が出会うのは、古いジャズやブルースのレコードを集めているコレクターの中年男、シーモア。3人の奇妙な関係が描かれる『ゴーストワールド』は、青春の輝き、みずみずしさとは無縁。シニカルな笑いの裏側には、生きづらさを抱えて生きる者の痛みが隠されていた。

本作の厭世的な世界観のベースになっているのは、グラフィック・ノベル界の鬼才、ダニエル・クロウズの原作だ。『ゴーストワールド』は、クロウズやエイドリアン・トミネ、クリス・ウェアなど、グラフィック・ノベルの作家が日本で紹介されるきっかけにもなった。そして、監督を務めたのは、アメリカの伝説的なコミック作家、ロバート・クラムのドキュメンタリー映画『クラム』(1994年)が高く評価されたテリー・ツワイゴフ。彼にとって『ゴーストワールド』は初めてのフィクション映画だったが、その記念すべき一作目に、以前から好きだったクロウズの作品を選んだ。ヒロインの2人のキャラクターが気に入ったからだ。

『ゴーストワールド』 © 2001 Orion Pictures Distribution Corporation. All Rights Reserved.

イーニドのヒロイン像は斬新だった。知的で感受性も豊かなのに、いや、だからこそ、くだらない世の中を呪いながら生きている生意気な10代。肥大した自意識がコントロールできずに大人になれない姿は、その後、『スウィート17モンスター』(2017年)、『エイス・グレード』(2019年)など青春映画に登場する思春期をこじらせたキャラクターの先駆けだった。当初、映画会社はイーニド役に『ラストサマー』(1997年)で人気が出たジェニファー・ラヴ・ヒューイットを使おうとしたが、ツワイゴフは「健康的すぎる」と断固拒否。映画の話を聞きつけて、イーニド役をやりたいと熱心に連絡して来たソーラ・バーチを起用した。当時、バーチは『アメリカン・ビューティー』(1999年)で注目を集めていたのでスタジオは渋々納得。一方、親友のレベッカを演じたのは、今や大女優として成長したスカーレット・ヨハンソンだ。当時は無名な存在だったため、映画会社は名前がしれた女優を使いたがったが、ツワイゴフはオーディションのビデオを見て彼女に惹かれた。そして、本作で注目を集めることになる。スカーレットはツワイゴフが見出した逸材だった。

2人で部屋を借りて自立する。それがイーニドとレベッカの目標だったが、イーニドはどんなバイトをやっても長続きせず、自分の居場所を家庭にも社会にも見つけられない。一方でレベッカはバイトを続けて、少しずつ社会に馴染んでいく。そんな中で2人の間に少しずつ溝が生まれていく。10代の自立と別れが物語のひとつの柱としてあり、そこに注目されることが多いのだが、ツワイゴフが重視したのは女子の友情よりもレベッカとシーモアの奇妙なラヴストーリーだったことが、時を隔てて大人の眼差しで見ればよくわかる。

『ゴーストワールド』 © 2001 Orion Pictures Distribution Corporation. All Rights Reserved.

イーニドとレベッカのやり取りだけでは映画化した時にドラマ性が弱いと感じたツワイゴフは、そこに映画オリジナルのキャラクター、シーモアを加えてイーニドとのラヴストーリーを作り上げた。シーモア役はスティーヴ・ブシェミと最初から決めていて、ブシェミがやってくれないのであれば映画化は諦めるつもりだったという。そして、ツワイゴフは自分が好きな音楽を映画に流せるようにシーモアをコレクターという設定にした。ツワイゴフはクラムのバンド、The Cheap SuitSerenadersに加入して古いジャズやブルースを演奏するほどヴィンテージな音楽を心底愛していて、シーモアの部屋にあるレコード・コレクションは、すべてツワイゴフの私物だ。

アーティスト気質のイーニドは独自の美意識を持っているが、そこから何かを生み出すことはできないでいた。そんな中で出会ったシーモアは、一見さえない中年男だが、確固たる自分の世界を持っている。そんな2人の違いは部屋に象徴的に表現されている。奇妙なグッズで散らかっているイーニドの部屋。グッズが整理されて洗練されているシーモアの部屋。その部屋を見たあたりからイーニドはシーモアに惹かれていく。イーニドにとってシーモアは、このくだらない世界で生きていくすべを教えてくれたメンター的な存在でもあったのだ。しかし、イーニドのシーモアに対する強い感情が、最終的にシーモアの平穏な人生を破壊することになってしまう。

本作に取り掛かる前に、ツワイゴフは『ヴァージン・スーサイズ』(1999年)の監督を打診されていた。しかし、脚本を読んだツワイゴフはキャラクターの心理がよくわからない、という理由で話を断る。フィルムノワールをこよなく愛するツワイゴフにとって、10代の女の子の友情よりも(イーニドとレベッカの関係の機微は原作の方がより細やかに描かれている)、彼のお気に入りの映画『ロリータ』(1962年)を思わせるイーニドとシーモアの関係の方が興味深かったに違いない。イーニドはシーモアにとってファムファタル(宿命の女)的な存在だった。そして、フィルムノワールが人間の闇の部分を描いたように、ツワイゴフは少女の目を通してアメリカ社会のグロテスクな一面を風刺した。それはクロウズの作風と通じるものだった。

『ゴーストワールド』 © 2001 Orion Pictures Distribution Corporation. All Rights Reserved.

映画の撮影に入る前、ツワイゴフはスタッフをショッピングセンターに集めて、彼が奇妙だと感じる客とその理由をユーモアを交えながら説明することで自分の感性をスタッフと共有した。大量消費社会のアメリカに批判的なツワイゴフにとって、そこにどっぷりとつかって暮らしている人々は滑稽な存在。その視線はイーニドやシーモアと通じるものだ。ツワイゴフは青春映画というオブラートに包んでアメリカ社会を風刺した。集合住宅に住む普通のようでどこか奇妙な人々をドリーショットで次々と映し出す映画のオープニング・シーンが、本作のテーマを象徴的に表している。そして、そこで最後に映し出されるのが、インド映画『Gumnaam』(1965年)のダンスシーンを見ながら、Mohammed Rafi「Jaan Pehchan Ho」で踊り狂うイーニドの姿だ。

虚ろでグロテスクな社会=「ゴーストワールド」をさまよう者にとって、心底愛する音楽や映画、文学が、束の間、世界をリアルに感じさせてくれる。そんな切実な思いが映画から伝わってくる。シーモアが貴重なオリジナル盤で聴くSkipJames「Devil Got My Woman」。イーニドの無垢な少女時代の思い出、Patience And Prudence「A Smile and a Ribbon」など、本作で流れる音楽はシーモアやイーニドの心の拠りどころだ。ツワイゴフは古いジャズをよく使うウディ・アレン映画と違った雰囲気を出そうと選曲に苦心したそうだが、その試みは成功している。90年代終わりころからアメリカのルーツ・ミュージックが再評価され、やがて「アメリカーナ」という言葉が一般的に使われるようになる。当時、若者向けに本作の試写をした際に、「音楽が良かった」という意見が多かったことにツワイゴフは驚いたそうだが、アメリカーナ再評価の下地ができつつあったなかで『ゴーストワールド』のサントラは注目を集めることになった。

バーチは完成した映画を見て「こんな意地の悪いヒロインを誰が好きになるんだろう」と思ったとか。でも、そのこじらせ方は現在の方が共感を呼びそうだ。今の時代にイーニドがいたらどうしているだろう。SNSで毒を吐き、生き辛さを嘆いているのだろうか。かつてはイーニドだったが、今はシーモアのように生きている者も多いはず。22年ぶりに公開される『ゴーストワールド』は時を超えて、社会に居場所を見つけられない者たちを惹きつけ続けている。(村尾泰郎)

Text By Yasuo Murao


『ゴーストワールド』

11月23日(木・祝)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開

出演:ソーラ・バーチ スカーレット・ヨハンソン スティーヴ・ブシェミ ブラッド・レンフロ ほか
監督:テリー・ツワイゴフ『アートスクール・コンフィデンシャル』『クラム』
原作:ダニエル・クロウズ『ゴーストワールド』(プレスポップ刊)
配給・宣伝:サンリスフィルム
【2001年|アメリカ|英語|カラー|ビスタ|111分|原題:GHOST WORLD|字幕翻訳:⽯⽥泰⼦】
記事内画像:© 2001 Orion Pictures Distribution Corporation. All Rights Reserved.
公式サイト
https://senlisfilms.jp/ghostworld/


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