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【From My Bookshelf】
Vol.7
『我方他方 サックス吹き・篠田昌已読本』
大熊ワタル(編集)
未知のリスナーとして篠田昌已に出会う

10 August 2023 | By Koki Kato

2022年12月に発売されたこの本を手にとって、私は篠田昌已というサックス奏者、音楽家の音楽に出会うことができた。1958年に生まれ、1992年に34歳で亡くなった篠田がどのような音楽家だったか、知るのが遅かったかもしれない。けれど、この本の編者であり、クラリネット奏者であり、篠田との共演者でもある大熊ワタルが、篠田について「未知のリスナーや読者と共有したい」と書いた冒頭の文章を読んだとき、私のような90年代生まれで当時のことを知らない後追いのリスナーでも篠田と今、初めて出会うことが、開かれたものになっていると感じた。その「開かれた」という印象が、不思議にも本書を読み終える頃には、篠田昌已という人と重なるようなところがあった。

近年、篠田がJAGATARAのメンバーであったことについては、復活したJagatara2020や過去の作品が配信開始となったことをきっかけに知る機会は増えていたと思う。けれど、篠田自身がリーダーとなって、クレズマーやチンドンに取り組んだCOMPOSTELAの諸作や本人名義の『東京チンドン Vol.1』などは、現在はCDの取り扱いがなかったり廃盤になっていたり、配信されていなかったりと、聴く手段が少なく、その存在に辿り着くことも難しい。かつ、グループ作や参加作品もあり、篠田の音源や映像などの資料に触れる上で、本書はその助けになる。実際に本書を読んだことをきっかけに、篠田の演奏や音源を幾つか聴くことができた。

本書の特徴は、特定の筆者1人による音楽書というものではなく、大熊による略伝から始まり、篠田本人のインタヴューに加えて、数多くの人たちが篠田との日々や思い出やその音楽について言葉を綴っていることだ。2008年の篠田昌已生誕50周年記念パンフレットである『コンポステラ★の広場で』をベースとして再構成、増補された本書。今回発売されるにあたり新たに寄稿する人も増えたという。多くの人たちが、それぞれの言葉で書いた文章を読んでいると、様々なコミュニケーションを通して篠田の元には人が集っていた光景を想像した。まるで手紙のようであり、寄せ書きのようにも思える本。音楽を紐解いていくことは、篠田本人を知ることであるということを真っ直ぐに伝えている。

ロックやパンク、クレズマーやフリー・ジャズ、アンダーグラウンドな実験音楽といったように様々な演奏をしていた篠田。そんな篠田が、チンドンの音楽に取り組んでいたことは、少なくとも日本に住む私たちにとって、本書を興味深く読み進めていく理由の1つになるはずだ。けれど、最も興味深いのは、篠田がチンドンという音楽に、日本的とか伝統的といった懐古趣味的な側面から取り組んでいなかったことである。本書に収められた1991年の〈日本の音楽 別冊太陽75号〉のインタヴューで、チンドンへの取り組みについて質問された篠田は「騒音をかき消す音(楽)はいくらでもあるけど、そういった力強さではなくて、いろいろな音と一緒になれる音、かき消されないけどかき消さないといったようなものを作りたい。それは個人でどうこうというものではなくて、力を合わせてはじめてできるようなことなの、空間的にも時間的にも」と話している。

今となっては、街中で見かけることが少なくなっているチンドン屋。以前は路上やパチンコ屋の店前などで度々演奏していたことを思い出すと、前述の発言の意図するところが分かってくるし、篠田昌已という人の音楽の精神性が開かれたものであったということを感じ取ることができる。と同時に、「かき消されないけどかき消さない」といったその開き方が、ただオープンであるというのではなく、挑戦的である。

そんなことを思いながら読んだとき、本書を手に取るきっかけの1つとして思い当たったことがあった。今回、新たに寄稿者として本書に文章を寄せている大友良英が手がけたドラマ「あまちゃん」の音楽だ。ジャズや日本の80年代の歌謡曲に加えて、元チャンチキトルネエドの面々が参加したクレズマーやチンドンの音を聴かせるあの音楽が、日本のそこかしこから流れるばかりでなく、挑戦的だと感じたことを思い出した。

篠田本人は、30年以上前に亡くなってしまっているが、その音楽を聴く機会が限られていたとしても、共演した音楽家たちの中には、もしかしたら篠田の音楽の痕跡が残っていて、私は知らず知らずのうちに耳にしていたかもしれない。けれど今は、この本がある。今日、8月10日の時点ではコンポステラの『歩く人』や篠田昌已・西村卓也の『DUO』であればCDが手に入りそうだし、手に入らない作品は中古のCDショップで探したくなるはずだ。あとは、Youtubeで公開されている篠田のドキュメンタリー映像を観ることでその音に触れてみるのもいいかもしれない。(加藤孔紀)

Text By Koki Kato


『我方他方 サックス吹き・篠田昌已読本』

編集:大熊ワタル
出版社:共和国
発売日:2022年12月15日
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