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【From My Bookshelf】
Vol.6
『宇宙こそ帰る場所──新訳サン・ラー伝』
ジョン・F・スウェッド(著)鈴木孝弥(訳)
偉大なるジャズ・アーティストの生涯、その数々の逸脱

27 July 2023 | By Tatsuki Ichikawa

あるナイトクラブ。“監視者”と呼ばれ、あたりを牛耳るその男は特等席で葉巻を蒸す。彼は、気にでも触ったのか、クラブのオーナーに演奏中のピアニストを追い出すよう指示する。逆らえないオーナーは彼に従い、ピアニストの退場を促すが、ピアノ演奏は止まない。激しさを増していく演奏、その手を止めないピアニスト、その正体は──。

映画『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』(1974年)の冒頭である。現代の視点から見て(いや、恐らく当時としても)実に奇妙なこの作品は、70年代当時のアメリカに対する生々しい社会批評とファンタジーがあり、それに伴い、ブラックスプロイテーションとSFという二つの映画ジャンルを融合させる。チープと言っても差し支えないような、ただしユニークで大胆なカット、ショットに溢れる撮影と編集、それでいて躍動する音楽。奇妙さの奥深くには、確かに孤高で一貫した美しさのようなものが備わっていた。それは、その人が地球に産み落としてくれた数多くのレコード作品と同じように。

『宇宙こそ帰る場所──新訳サン・ラー伝』は、公式に世界で唯一のサン・ラー評伝である。つまり世界で唯一、我々の理解を超えた彼の人生、思想、世界観に浸ることのできる書物というわけだ。ジョン・F・スウェッドによって1997年に出版された本書だが、この度、鈴木孝弥の手によって新たに翻訳された。

内容は、彼の人生を、出来事を、思考を、この惑星に生まれ落ちた1914年から、死没する1993年に至るまで、詳細に記していく。その様は一定の距離を崩さず、分析的でありながらも、神話的な語り口を崩していないように読める。ただし、彼を安易に神格化しようとはしない。むしろ、彼と宇宙の関係性、彼と苛烈な人種差別が横行する社会の関係性、そして彼と音楽の関係性について、あくまでラディカルに物語化していると言えるだろう。 彼が心酔する古代エジプト学、それに派生する彼のステージネームに関する言葉遊び、時折彼を魅了するアート、彼を憤らせる環境と社会、そして各時代のパフォーマンスと作品に対する人々の受容。興味深いエピソードが並ぶ本書だが、その中でも、唯一無二、様々なもののオリジナルであることを否めないようなジャズ・アーティストである彼の生涯は、逸脱に溢れていたらしい。昔から彼は周囲の人々とは違う孤高な存在であり、同時に違うからこそ周囲の人々を魅了してきたことが綴られる。また、アルコールやドラッグ、セックスなどの即物的な快楽への興味の薄さも度々指摘され、当時の他のジャズ・アーティストとの違いや、ある種の“男らしい”黒人男性像から逸脱した部分を持つ、彼の人物像も窺える。

様々な逸脱に溢れる彼の人生は、さながらフリー・ジャズのようでもあるが、決して彼自身は、一貫した主張を、そしてキャラクターを崩さない。彼は自由でいるために逸脱しているというよりは、どこまでも彼自身で在ることによって、結果的に定型から、社会の価値観から、そしてこの惑星から、逸脱しているような感覚がある。彼の生涯を振り返ることで、そういった彼自身の一貫性とそこに紐づく文脈を、解像度高く浮かび上がらせている。

また、これを読むことで読者は思い出すのではないだろうか。例えば『Lanquidity』(1978年)に刻まれる安住を。『Astro Black』(1973年)に刻まれる夢想を。あの映画、あるいは音楽『Space Is The Place』(1973年、映画は1974年公開)に刻まれる奇妙さの中の美しさを。もしくは、未だ聴いたことのない作品への欲望を、本書は喚起もさせるだろう。彼が宇宙に帰って30年経つ現在において、彼の作品にもう一度、または初めて触れること。未だ惑星に留まる我々と彼を、まさしく宇宙的に繋げるような、そんな一冊と言える。(市川タツキ)

Text By Tatsuki Ichikawa


『宇宙こそ帰る場所──新訳サン・ラー伝』

著者:ジョン・F・スウェッド
翻訳者:鈴木孝弥
出版社:P-VINE / ele-king books
発売日:2023年1月31日
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