【From My Bookshelf】
Vol.26
『ライク・ア・ローリングカセット:カセットテープと私 インタビューズ61』
湯浅学(著)
カセットテープが記録した人生の断片
近年、レコードとともに再び注目を集めているカセットテープ。どちらも回転して音を出し、A面とB面という2つの世界を持っているが、大きな違いはカセットは手軽に音を記録できるメディアとして活用されたということだろう。そこには日記や手紙のように人生の断片が記録されていて、リアルタイム世代はカセットをなかなか捨てられない。自分も大学進学で一人暮らしをするため家を出て以来、引っ越すたびに段ボール一箱分のカセットを連れてきた。カセットデッキが壊れてからも。そんなカセットと人との奇妙な関係に迫ったのが、湯浅学による『ライク・ア・ローリングカセット:カセットテープと私』だ。本書は2011年から2016年に渡って雑誌で連載された記事をまとめたもの。ミュージシャン、作家、俳優、元スポーツ選手、実業家など、湯浅は61名の人物にインタヴュー。彼らが自宅から持ってきた思い出深いカセットを肴にしながら、カセットとの付き合いを聞いていく。
坂本慎太郎が16歳の時に親友の家でセッションした『SUPER SESSION’84 IN FUKUOKA』。直枝政広が14歳で録音した〈ファースト・アルバム〉『NEW NATURAL APPLE BAND』のように初期衝動が詰まった詰まったもの。伊東四朗が森繁久彌に様々な場所で持ち歌を歌ってもらった『先輩 森繁さんと大いに唄ふ』。アンディ・パートリッジが鈴木さえ子のアルバムに曲を提供する際に、プロデューサーの鈴木慶一に送ったデモテープ集『HAPPY FAMILIES DOLBY』など、できれば世に出して欲しい貴重なものなど、音楽好きの妄想を刺激するカセットも多いが、当時好きだった曲を集めたミックステープの曲名を見ているだけで持ち主の青春時代が浮かび上がる。
そのほか、妻が1歳7ヶ月の時の声(折坂悠太)、ものまねのネタ(清水ミチコ)、ベスト・オブ・留守電に残ったメッセージ(安斎肇)、F1レースの模様(横山剣)など、カセットに収録された音は様々。話しているうちに、音の記録が人の記憶を呼び覚ます。そこではカセットの魅力についても語られるが、「人間の感覚に近い肌触り」(柴田聡子)、「可愛い」(Phew)、「心霊現象が起こりえる」(中原昌也)というコメントを読むと、くるくると回転しながら音を発しているカセットが生き物のようにも思えてきたりも。特徴的なヒスノイズはカセットの体温のようでもあり、自宅の各所にカセットプレイヤーを置き、どこでも聴けるようにしているJ.A.シーザーがカセットのことを「友達」だと言うのもわかる気がする。
この本を読みながら、久しぶりにカセットのダンボールを開き、新しく買ったテープレコーダーで中学生の頃にエアチェックしたカセットを聴き返した。とにかく気になる曲を片っ端から録音していてジャンルはバラバラ。イルカ「Follow Me」の後にポップ・グループ「Trap」が入っていて驚いた。ニュー・ミュージックもポストパンクも平等に愛した思春期、そんななかでアイデンティティが育まれていった。リアルタイム世代にとって、カセットは音楽に、そして、人生に純粋な気持ちで向き合っていた頃のことを思い出させてくる「初心」が詰まったタイムカプセルのようなもの。それを湯浅が丁寧に掘り起こした本書は、様々な人生模様が収録された読むミックステープだ。(村尾泰郎)
Text By Yasuo Murao
『ライク・ア・ローリングカセット:カセットテープと私 インタビューズ61』
著者:湯浅 学
出版社:小学館
発売日:2023年3月20日
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