Back

【From My Bookshelf】
Vol.23
『A Dynamic Career in Communications: Words + Music | Vol. 37』
ヤシーン・ベイ(ナレーション)
人生は詩そのもの

04 April 2024 | By Keiko Tsukada

Amazonが提供する、名作の朗読やポッドキャストなどを「聴く読書」サーヴィス、《オーディブル(オーディオブック)》。そのオリジナル作品である『Words + Music』は、いま最も影響力のある様々なミュージシャンにスポットライトを当て、今まで明かされたことのないストーリーやパフォーマンスを披露するシリーズだ。

去年7月、その第37回目に「A Dynamic Career in Communications」と題して登場したのが、ヤシーン・ベイ(旧モス・デフ)。コンシャスラップ界を代表する1998年の傑作『Mos Def & Talib Kweli Are Black Star』以来、わたしが長年最もリスペクトを捧げてきた社会的意識の高いMC、俳優だ。敬虔なムスリムでもあり、常に不当な扱いを受ける社会的弱者のために声を上げ、そのためにセレブ力を使うことの重要さを訴えてきた。もったりとした口調が特徴的だが、その言葉に宿る鋭い知性と詩的な表現、人類への深い思いやりは、この作品でもたっぷりと堪能することができる。

本作では、彼のコミュニケーションを基盤にしたキャリアに焦点を当て、詩的なストーリーテリングや、既存の曲をアレンジしたフリースタイルを交えながら、彼のルーツや信念、創造的なプロセス、人生観を明らかにしていく。しかもインタビュアーが同志、同郷ブルックリン出身であるデッドプレズのM-1とくれば、期待はさらに高まるというもの。

最近のヤシーンと言えば、「ドレイクはポップ」と発言して物議を醸し、ドレイク本人の反感を買ったことが記憶に新しい。「本物のヒップホップはどこへ行ってしまったんだ?」とノスタルジアを込めてヒップホップの現状を嘆く年配のラッパーは多いが、ヤシーンのファンなら、またはこの作品を聴いた方なら、ヤシーンが深い文化的理解を持った上で発言する人物であることがお分かりいただけるだろう。

“人生は詩そのものだ”

「音楽を通して自分を詩的に表現することができる」と語るヤシーンは、彼のストーリーや視点、人生を通して自己表現をすることで、聴き手に真実、物事の本質、宇宙の情勢を感じ取ってもらえたら、と願う。大それたゴールだけれど、と笑いながらも、いつの日か、アートでルーミー(アメリカでも人気の13世紀のペルシア語の詩人、イスラム教の神秘主義者)のレヴェルに達したいと語るところにも、MCの枠を超えた彼の志の高さが伺える。

“教会は地上の楽園だった”

ダンテ・テレル・スミス(ヤシーンの本名)は、アメリカ先住民の曽祖父を持ち、神に忠誠を尽くし芯が強く、自然の摂理を教えてくれた祖母に絶大なる影響を受けて、ブルックリンはベッドスタイで生まれ育つ。早くから言葉に魅了され、読むことはもちろん、特に書くことが大好きな子供時代を過ごす。音楽を始めて体験したという教会は、誰に傷つけられることもなく、しっかり守られた、地球上で最も安全で穏やかで美しい場所であり、そこに集う大人たちを見て、お互いを敬う大切さを学んだという。今の彼の揺るぎない自信を培ったのは、間違いなく教会であり、この頃の貴重な体験が根幹にあるのだろう。

真剣にリリックを書くようになったダンテは、弟妹と共にアーバン・サーモ・ダイナミックスというグループを結成する。“Most Definitely!”(間違いない)という彼の口癖から付けられたニックネーム、Mos Defをアーティスト名に取り入れたのも、この頃だろう。マイルス・デイヴィスやラキム、デ・ラ・ソウルなどに夢中になるも、自分の地元を代表する存在がいないことに物足りなさを感じていた頃、大学の役員の父、教授の母を持ち、文化的にも実にユニークで、しかも自分と興味が重なるホームボーイ、タリブ・クウェリと運命的な出会いを果たす。ブラック・スター(タリブ・クウェリとのヒップホップ・デュオ)が生まれたのは運命だった、とヤシーンは振り返る。

“アーティストとしてやるべきことをやらなかったら、オーディエンスとの契約違反になる。でも他人の考えに献身的になることはない。俺は人の考えに指示は受けない。誰も俺の行動や言動を決められやしない。俺はただ、正直に生きているだけだ”

しかし、おそらく日本人で最もヤシーンのライヴに出掛けているであろう(笑)わたしは知っている。人への優しさ、尊敬を忘れない彼も、ライヴでオーディエンスに曲をリクエストされると、プチ切れして説教を始めることを。そんな彼の側面を思い出させてくれたのが、この言葉だ。彼が彼らしくあることこそが、アーティストからオーディエンスへの最高のギフトだということなのだろう。あのリック・ルービンも、「オーディエンスに応える最高の方法は、彼ら(の期待)を無視することだ」と語っている。

“自分にとってこの世で最も重要なこと。それは神(アッラー)が喜ばれることだ”

キリスト教の環境で育ったが、イスラム教徒だった父の影響で敬虔なムスリムとなったダンテは、どのアルバムでも冒頭で必ず、アラビア語で「慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において」という言葉を用いている。コンサートでも、彼は高揚してくると、くるくる回るイスラム神秘主義、スーフィーの舞いを踊りだす(観ているとこちらは目が回ってくるのだが)。日本に育ったわたしたちにとって、宗教への献身はなかなか理解しがたいものがあるかと思うが、神を信じ、身を捧げる者が多いアメリカ人を見ていると、神を絶対的に信じることで生まれる揺るぎない強さを感じることも珍しくない。

“美しいことは必ずしも良いこととは限らないが、良いことは常に美しい”

ヤシーン・ベイと言えば、ファッションへも非常に傾倒していることでも知られていて、2021年にはルイ・ヴィトンの秋冬コレクションにも、モデル兼パフォーマンスで出演している。服飾業界で働いていたという祖母の影響もあったのかもしれない。しかし美へのこだわりはファッションに留まらず、彼が作り上げるものは「できうる限り美しいものにしたい。自分の美学は誰の趣味や好みにも合わないかもしれないが、まったく構わない」とも語っている。 そしてdj honda制作のクラシック曲「Travellin’ Man」が流れると、M-1が世界中を旅してきたヤシーンに、「君にとってこの惑星で最も美しいところとは?」という問いを投げかける。すると彼は実に穏やかな口調で、こう応える。

“それはどこであれ、あなたがいるところだ。あなたを愛し、理解し、あなたが最高の自分になれるよう励ましてくれる人と一緒にね”

続いて、ヤシーンがリーダーシップについて尋ねられると、また聴き手を深い精神的な世界に誘う。「(リーダーシップとは)自分自身を克服、マスターし、神を求めることだ……この国、この世界では様々な対立が起こっているが、何をもってしても宇宙の情勢を止めることはできない。大切な地球が無限の空間(神・造物主)と調和すればするほど、人類のためになるんだ。これらはすべて書かれてきたこと。自分にとってベストなストーリーがね。すべてを書いた著者はちゃんと把握しているんだよ」

この言葉を聴いて、ふと我に返った。わたし個人もあるスピリチュアルな人に、「すべては既に書かれていることなんだよ。今のあなたの迷いも、出会う人も、決断も、すべてね」と言われた記憶と重なって、思わず電撃が走った。自分の人生のストーリーがすべて既に書かれていたシナリオ通りに進んでいるとしたら? ましてやそれらはすべて、自分が生まれる前に選んできたとしたら? いや、宿命は変えられなくても、運命は変えられるはず。それを学ぶために、わたしたちはこの人生を選んで生まれてきたのだろうか? そんな思考の糧を与えてくれるのがヤシーン・ベイという人であり、またこの作品の醍醐味でもあるのだ。

“人は人生でたった1本の鉛筆しか与えられない。それでベストを尽くすことだ”

(塚田桂子)

Text By Keiko Tsukada


『A Dynamic Career in Communications: Words + Music | Vol. 37』

著者/ナレーター : yasiin bey
出版社 : Audible Originals
発売日 : 2023年7月7日
購入はこちら


書評リレー連載【From My Bookshelf】

過去記事(画像をクリックすると一覧ページに飛べます)

1 2 3 64