【From My Bookshelf】
Vol.12
『アフロフューチャリズム ブラック・カルチャーと未来の想像力』
イターシャ・L・ウォマック(著)押野素子(訳)
不在がもたらす願いと抵抗
この本は、読者を宇宙船に乗せてアフロフューチャリズムを巡る旅に連れ出す。サン・ラーやジョージ・クリントンの、視覚も思考も刺激する宇宙的なコスチュームやアイロニーに富んだ多層的な言葉遊びを今まで敬遠してきたとしても問題ない。実際わたしがそうだった。なぜならこれを読めば、アフロフューチャリズムは傑出した能力を持った人だけのものではなく、黒人の存在する未来を望む人のものだってわかるから。
そもそもアフロフューチャリズムとはなんなのか。本書では「想像力、テクノロジー、未来、解放の交差点」と定義づけられている。中でも特に重要なのは想像力。物語に自分と似たキャラクターが存在し活躍することを望んだり、人種に基づく権力の不均衡がない公平な未来を思い描いたりすることがアフロフューチャリズムの芽だからだ。筆者のイターシャ・L・ウォマックが制作したシリーズ、『レイラ2212』の主人公レイラは、褐色の肌を持ち、惑星や時間をまたいで旅をする。このシリーズが制作される数年前、小学生だった彼女のヒロインは『スター・ウォーズ』のレイア姫だった。でも、遠い昔はるか彼方の銀河系を舞台にしたスター・ウォーズという壮大な物語には、彼女のように褐色の肌をした登場人物が明らかに少なかった。それが彼女にレイラをつくらせたのだ。架空の過去にも未来にも有色人種が不在であることが、筆者のみならず数多くのブラック・キッズたちの、褐色の肌をした登場人物を見たいという願いを生み出し、想像力のなかに種として蒔かれたのだった。そこにいないということは、いないことにされていることは、選択肢を奪うよりももっと簡単にそして強力にその選択肢をないことにする。しかしそれだけではなく、強烈に想像を掻き立てもする。その想像こそがブラック・カルチャーのレンズを通して起こりうる未来を創造することの出発点であり、心の鎖を外し、批判的な思考を促す。想像力は常識を覆す抵抗のツールなのだ。
アフロフューチャリズムにとって、テクノロジーも重要なキーワードである。それは、奴隷制を正当化するための政治的な創造物という意味で「ブラックネスはテクノロジー」であり、焼き印に強制的な不妊手術、タスキギー梅毒実験、ヘンリエッタ・ラックスの不死化細胞など、テクノロジーによって黒人は身体を利用され影響を与えられてきたからだ。そして、現代のコンピューターや主な通信技術など黒人によって発明され進歩してきたものは数多くあるし、散り散りになった黒人の再集結にインターネットが大きな役割を果たしてきたからだ。また、かつて白人男性以外は、もちろん黒人も、「人間」ではなかった。だからこそ人間でないものとして命が尊重されず、身体は調査や研究に利用されてきた。そういった扱いや境遇を表現するためには「エイリアン」を用いることが有効な手段である。それに歴史を創造の足かせにしないために物語や想像の舞台を宇宙にすることも有効だ。これは現代にとって人種のない社会がSF的な状態であるということなのかもしれないが、SFは、人種の不均衡に介入する手段としてのテクノロジーにまつわる想像力を最大限発揮できる場であるとも言えるだろう。
こういった前提を、アフロフューチャリストたちによる言葉を多分に引用しながら提示したのちに、音楽、宇宙神話、文学など多岐にわたる分野とアフロフューチャリズムとの関わりへと旅路は進む。特に、ジャネール・モネイやオクティヴィア・E・バトラーについて書かれたフェミニズムとの関わりの章を興味深く読んだ。アフロフューチャリズムはインターセクショナリティの影響を強く受ける黒人女性が自由になれる空間であり、想像力で評価され、未来の立役者として対等に扱われるムーヴメントだという。そのようなアフロフューチャリズムに通じる想像力の手助けになりうるという意味でも、『リトル・マーメイド』のアリエルをハリー・ベイリーが演じたことや『スター・ウォーズ:アソーカ』に多くの女性が登場することに大きな意味があると言えるだろう。
人種を理由になかったことにされているものは数多くある。しかし、科学やテクノロジーの視点で芸術や社会変革にまつわる議論を見つめ直せば、過去を変えることもできる。そして現在の行動が未来を決めるように、想像力を駆使して未来を創造することで現在を変えることもできる。本書を読み終わったいま、この言葉や、未来は今であるということ、そして、最初から必要なものはすべて持っていたと知って帰還するということを、少しは理解できたかもしれないと思いながら宇宙船の外を眺めている。(佐藤遥)
Text By Haruka Sato
『アフロフューチャリズム ブラック・カルチャーと未来の想像力』
著者 : イターシャ・L・ウォマック
翻訳 : 押野素子
出版社 : フィルムアート社
発売日 : 2022年8月26日
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