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映画『アステロイド・シティ』
箱庭に思いを馳せて

02 October 2023 | By Tatsuki Ichikawa

目の前にドアがある。一つの部屋から出ると次のドアがある。開放という行為は次の部屋に繋がる。向こう側の世界を目指してドアを開け続ける。現実の鬱々しさと残酷さ、癒えない傷を、カラフルでポップな装飾をまぶして部屋に閉じ込め、ドアの向こうを夢想する。

ウェス・アンダーソンの映画はいつだってそうだった。だだっ広い荒野、カラッと晴れた青空、向こう側へと走る列車。ヒューストン出身のウェス・アンダーソンにとって本作は、初期作以来、最も見慣れた故郷の景色に近い風景を映しているのかもしれない。ただしこの町、その名もアステロイド・シティは、過去への憧憬を具像化したような箱庭なのである。それもいつも通り。

『アステロイド・シティ』 © 2022 Pop. 87 Productions LLC

本作『アステロイド・シティ』の構造は複雑極まりない。映画は1950年代、アメリカ南西部の架空の町“アステロイド・シティ”を舞台にした奇妙な物語と、それを上演する劇団の舞台裏、そしてその舞台裏を紹介するテレビ番組という三重の構造、世界線のもとで展開される。カラフルな“アステロイド・シティ”のパートはあくまで劇中で上演されている舞台、つまりはフィクションであるという構成を崩さず、物語を語っていく。まさに『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014年)の入れ子構造をさらに複雑にしたような有様である。

ウェス・アンダーソン映画のユニークなデザインが与えた影響は、数々の映画作品からタイラー・ザ・クリエイターなどのミュージック・ヴィデオまで、計り知れない。そんな彼の映画を評するときによく使われる箱庭的という表現だが、本作『アステロイド・シティ』においては、別の世界を夢想するという命題とそれが、見事なシンクロを果たしていると言えるだろう。

シンメトリーな構図、直線的な役者の動線、カメラの動きは彼のシグネチャーだが、観客の視線を優雅に誘導するような厳密さと自然さが同居している。スクリーンサイズの変化や、スプリットスクリーンの使用は、画面の直線的な枠を意識させ、余計に“箱庭”を浮かび上がらせる。またそれだけではなく、セット(つまりはいくつもの部屋)を横移動で突き抜け、中の様子を映していくカメラの動きは、部屋の間の柱や壁によって2分割画面をフィジカルに再現しているようにも見える。それぞれの世界の隔たりを、観客は強く意識する。

『アステロイド・シティ』 © 2022 Pop. 87 Productions LLC

その中でも注目すべきシーンは、“アステロイド・シティ”の物語の主人公役の役者(ジェイソン・シュワルツマン)と、劇中で死別した妻を演じる女優(マーゴット・ロビー)がセットの外で出会うシーンである。「自分の役が理解できない」とセットを飛び出す主人公は、ドアを開け、フィクションの中で死別した妻と再会する。その間は確かに離れているが仕切りはない。偶然鉢合わせた2人の役者が、台詞合わせをするだけのこのシーンが感動的であるのは、劇中劇における死者との再会を現実で逆説的に果たし、その間に隔てるものがないからだろう。箱庭の中にいるウェス・アンダーソン映画の住人が、向こう側の世界と繋がった幸福な瞬間である。この時はアレクサンドル・デスプラのサウンドトラックも感傷的な旋律を奏でる。

『アステロイド・シティ』 © 2022 Pop. 87 Productions LLC

つまり“アステロイド・シティ”とはいかにもウェス・アンダーソンらしい、外の世界への夢想を湛えた箱庭なのである。確かに彼のグレイテスト・ヒッツ的な要素は大いにある。子供たちの交流、恋愛は『ムーンライズ・キングダム』(2012年)を思い起こさせるし、ジャーヴィス・コッカーとともにカウボーイハット姿で登場するセウ・ジョルジは『ライフ・アクアティック』(2004年)以来久々の再会である。

しかし、最も重要なのは登場人物が傷を抱えていること。架空でリアルなこと。規則性があると同時に突拍子もないこと。『ダージリン急行』(2007年)の列車に飛び乗る行為や『ファンタスティック Mr.FOX』(2009年)の穴を掘る行為と、窓の向こう側の部屋を見つめ、ドアを開け、外に飛び出そうとする行為が、どこか重なって見える事なのではないだろうか。映画『アステロイド・シティ』は、厳しくも美しい1時間45分の夢想である。(市川タツキ)

Text By Tatsuki Ichikawa


『アステロイド・シティ』

9月1日 TOHOシネマズシャンテ、渋谷ホワイトシネクイント他全国ロードショー

監督/脚本/製作:ウェス・アンダーソン
出演:ジェイソン・シュワルツマン、スカーレット・ヨハンソン、トム・ハンクス、ティルダ・スウィントンほか
原案:ウェス・アンダーソン、ロマン・コッポラ
2023年/アメリカ/カラー・モノクロ/スコープサイズ/英語/104分/字幕翻訳:石田泰子/原題:Asteroid City
ポスタービジュアル:©2023 FOCUS FEATURES, LLC.
配給:パルコ ユニバーサル映画
公式サイト
https://asteroidcity-movie.com/

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