“不成型”で“如何わしい”、自由と混沌のポップ・ミュージック
どうしてもニヤニヤが収まらなかった。馬鹿にしているのではない。得体のしれない何かを見つけた嬉しさと気味の悪さが混濁して自然と口角がゆるんでしまっていた。都内近郊で活動するミュージシャン、onettが去る4月にリリースした最新EP『やさしさについて』に偶然にもBandcamp巡回中に出会ったときのことである。ミスター・チルドレン、桜井和寿のヴォーカルをトレースしたような粘り気のあるヴォーカル、チージーなシンセサイザーとバタバタしたドラムマシン、90年代J-POPの売れ線ロック・バンドのパロディー然とした大味なメロディー・ライン、どういう意図やシチュエーションで撮影されたのか全く見当もつかないアルバム・アートワークが合体して生み出す異様な宅録ポップスに私はどうしようもなく魅了されてしまった。
onettはこれまで《きいろれこーず》、《ポジティブレコード》、《こわれものレコーズ》、《迷われレコード》といったインターネット・レーベルから作品をリリースするとともに、宅録作家、tamao ninomiya主宰のネット・レーベル《慕情tracks》のコンピレーションや、《Local VIsions》やブックオフを主戦場とするシティ・ポップ好きディガー集団《lightmellow bu》周辺のミュージシャンやDJが集結した「tiny pop fes」を主催した《DANGBOORURECORD》からリリースされたコンピレーション・アルバムへ参加。さらにはTHE SENSATIONSやSEVENTEEN AGAiN、The Full Teenzといった面々の作品をリリースしてきた現行インディー・パンクを代表するレーベル《I HATE SMOKE RECORDS》のコンピレーションにも楽曲が収録されている。現在もBandcampやSoundcloudでの楽曲発表を続けており、その楽曲ライブラリーは100を優に超えている。
これまでにリリースされた楽曲も一様ではなく、ファンク、ネオ・アコースティック、パワー・ポップ、オルタナティヴ・ロック、西海岸ローファイ・インディー、90年代J-POP、ポップ・エモ、青春パンク、ノイズ、モータウン……。onettの作品群から感じるのは、まるで自室のCD棚とiTunesの中に20年来蓄積された自らの音楽ライブラリをシャッフルして闊歩するような自由と混沌である。
本作「やさしさについて」もそのような危ういポップネスで彩られている。何度聞いても桜井和寿風の歌いまわしが耳に残る印象的なスタイルのヴォーカルに、『Atomic Heart』(1994年)前後の初期ミスター・チルドレンのようなミドルテンポのロック・バラード「やさしさについて」で本作は始まる。続く本作最大のキラー・チューンである「恋は割に合わない」ではBEST MUSICが『MUSIC FOR SUPERMARKET』(2007年)で批評的に模したようなスーパーマーケットBGMライクな音像のシンセサイザーと性急に細かく刻まれるドラムマシンの反復を背景に、メロウなメロディーと男女ヴォーカルの混成によるチージーで極上のポップ・ソングが展開される。と思えば、突然ノイジーなギターとハードなパーカッションによるインスト楽曲「炎の挑戦者」が挿入され、スウィディッシュでジャングリーなギター・ポップ「読者とユートピアン・ミステリー」へと繋がる。そしてこれまたチープでファニーなシンセサイザーとビートが先導するシンセ・ポップ「誰もが帰りたい」で柔らかく、優しく作品は幕を閉じていく。そのどれもが耳馴染みよく、かつて耳にした「あの曲」のようであるが、どこか違う。その微細で体系化/構造化されていない音楽から生まれ出る違和感がonettのポップスの強度を支えているのだと思う。
どうしようもない現実から一時的に逃れるためのノスタルジアを提供するヴェイパー・ウェイヴ的音楽と“シティ・ポップ”の名のもとにゾンビのようにリバイバルした80年代ポップスが認知度を広げ、ただ単に“シティ・ポップ”とタグ付けされただけのインディー・ギター・バンドが国内のメインストリーム・サウンドをジャックし始めた2010年代後半。そんな時代にhikaru yamadaはインターネットの隅にひっそりと、だがポップとしての洗練度や強度をしかと湛えながら佇むポップスの可能性を、“tiny pop”というタームのもとで掬いあげようとした。上述したようなonettの活動の文脈からするに、onettの音楽も“tiny pop”との共振のもとで受容することも可能だろう(実際にhikaru yamadaのブログでもonettは言及されている)。
自らの才能を信じ、疑いながら、どうしても音楽を作らざるを得なかった人間が生み出した不成型のポップ・ミュージックの山脈に私は畏怖し、感動する。しばらくは100曲以上に及ぶ彼のライブラリーと対峙し戯れよう。こんなに“如何わしい”音楽と出会えた喜びをいまはただこうして書き残しておきたいと思う。(尾野泰幸)
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