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Whatever The Weather: Whatever The Weather

2022 / Ghostly International / PLANCHA
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予測不可能な展開、軽やかに迸る知性

08 April 2022 | By Daiki Takaku

少しずつ春の暖かさを感じ始めたこの頃であるから、1曲目に「25°C」が据えられていることは必然に思う。よく晴れた日の河川敷で目を瞑って聴くのにぴったりの、麗らかなアンビエント・ミュージック。そうして、ロレイン・ジェイムスの別名義、Whatever The Weatherの同名アルバムは穏やかに幕を開ける。ふむ、明らかにロレイン・ジェイムス名義の音とは明確に違う。などと思っていると2曲目「0°C」では少しずつビートが主張をし始め、より立体的な風景が描かれると、なるほど、これはたしかにメロディとリズムを巧みに操るIDMの若手筆頭、ロレイン・ジェイムスの作品だなと思い直ったり。とまあ、忙しく一通り聴き終えてわかったことはいくつか。本作には(ロレイン・ジェイムス名義の過去作と比べ)ほとんどヴォーカルがフィーチュアされていないこと。クラブ志向というよりはホームリスニング向きであること。そして、トラック・リストに並んだ曲名を見てもらえればわかる通り、すべての曲が気温をモチーフとしながらも、それぞれがどこか流動的であるということだ。

ちなみに、ジェイムスはデフトーンズやアメリカン・フットボールの影響を受けたようだが、音楽性からも、「4°C」や「30°C」といった曲でフィーチュアされているジェイムス自身のヴォーカルからも、それらの要素をほとんど感じることができないというのも面白い。

話を戻す。本作に宿った流動性については実際、即興で演奏したものをソフトに取り込んで作成したそう。そうして即興的に生まれる緩やかな展開こそが同じ気温であっても様々な表情を見せる環境をとても丁寧かつミニマルに表現している。気温や天候が、予測可能なようでいて、予想外の反応を心身にもたらすことがあるように。とりわけ「17°C」の不整脈的に打ち込まれたビートやヴォーカル・サンプル、アンビエンスの狂おしくも醒めた躍動には鳥肌が立ち、「6°C」の花弁のように舞い、美しく交錯するピアノには息を飲むほどだ。ロレイン・ジェイムス名義のものと比べると全体的に穏やかではあるが、小さな驚きに満ちたIDMである。

リリースは本作のマスタリングも担当したTelefon Tel Avivを擁するIDMの名門、幽霊のレーベル・ロゴでお馴染みの《Ghostly International》から。ジェイムスは同レーベルの長年のファンだったともいう。かつてエイフェックス・ツインが自らの音楽をIDMと呼ばれ憤慨したというエピソードも聞いたことがあるが、ジェイムスはその“インテリジェンス”というなんともエリート主義的な言葉を用いた呼び名についてあまり頓着していないそう。《Pitchfork》の行ったインタヴューでIDMについて尋ねられ、このように答えていたのが印象的だった。「ただ、面白い名前だと思う。つまり、“どうしたら知的なの?”っていう疑問があるということでしょ。それは私にとってジョークでしかないんだ」。敬意にも皮肉にも取れる、長い間、白人男性が支配的であったシーンに軽やかにメスを入れるような言葉である。これこそ、知性ではないだろうか。

ロレイン・ジェイムスは昨年の傑作『Reflection』以来、『Wrong Name』というEPをBandcampで1週間だけ販売し削除してしまうなど、別名義での本作のリリースも含めその予測不可能な活動に今後も注目していきたい。(高久大輝)


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