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Travis Scott: UTOPIA

2023 / Epic / Cactus Jack
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ユートピアは“どこにもない”のか

14 September 2023 | By MINORI

トラヴィス・スコットが伝説的なアルバム『Astroworld』から約5年ぶりにアルバム『UTOPIA』をリリースした。『UTOPIA』の存在自体は2020年の時点で明らかにされていたが、そこから3年間。その間に2021年の野外音楽フェス《Astroworld Festival》での悲惨な事故が起こり、さらにコロナ禍のためライヴ・パフォーマンスの機会もほとんどなく、かねてからライヴに活動の重きを置いていたトラヴィスは、そういった理由もあってか音源制作の動きまでも鈍化していた。

2023年、満を持して発表された新アルバム『UTOPIA』。先行シングル「K-POP」のアートワークが日本国旗に似ているにもかかわらず、タイトルが“K-POP”であり、しかしリリックには日本語を元にしたワードが入っていたことから、その矛盾、適当っぷりを日本人を中心に批判され、リリース当初から話題を呼んでいた。また、収録曲の音楽性や質感がカニエ・ウェスト(ye)の『Yeezus』(2013年)に似ているとSNSを中心に指摘されていたのも印象的だった。実際にこのアルバムの収録曲には「GOD’S COUNTRY」など、『Donda』(2021年)に収録されるはずだったビートを使用しているものがあり、カニエの影響を大きく受けているのは言うまでもない。

このように、話題に事欠かないアルバムなのだが、私の一番の疑問はというと、最初に感じたタイトルと内容のギャップである。タイトルである“UTOPIA”とは、イギリスの思想家、トマス・モアが自身の著書『ユートピア』にて使用した“架空の理想社会”という意味の言葉。そこでまず違和感を感じたのが、アルバムのアートワークだ。暗い闇の中に真っ逆さまに落ちていくトラヴィス。まるでユートピアからは程遠いイメージだ。そして実際に曲を再生してみるとこれもまたダークで緊張感がある。曲全体の持つ雰囲気だけではない。リリックも最初のラインから複雑に様々な意味を孕んでいるように聞こえる。

「The situation we are in at this time
Neither a good one, nor is it so unblessed
It can change, it can stay the same」

「今私たちが置かれている状況は、良くも悪くもない。変えられることもあれば、変えられないこともある」といった内容のラインから始まる本作。理想的とは決して言う事ができない今の状況を、このアルバムを通して変えることもできる、と訴えたいのだろうか。

さらにこのアルバムでは、ドラッグや酒、セックスなどの物質的な幸せと対比する形で、神や愛などのもっと精神的かつ永続的な理想社会について議論しているように感じる。4曲目の「MY EYES」では、トラヴィスの人生が物質的でインスタントな幸せで満たされた人生にもかかわらず、そこに愛がないことについて触れている。またアルバム終盤の「TELEKINESIS」でもフューチャーを中心にドラッグ(特にリーン)の誘惑を悪魔に例える歌詞が目立つが、それに対して神について言及し、死後に天国で平安に暮らすことを切望しているラインをトラヴィスとフューチャーが歌っている。

「I can see the future, I can see the future (I can see the future)
I can see the future, it’s lookin’ like we leveled through the sky
I can’t wait to live in glory in eternal lastin’ life (Livin’ in glory)
Won’t you take the wheel? And (Seen enough) I recline and I sit still
Might as well turn up now, He gon’ pop up unannounced」

トラヴィスはユートピアと呼べるような理想的な社会を渇望しつつも、インスタントな幸せばかりに囲まれ、満たされない生活を送っているようだ。

6曲目「SIRENS」の最後の部分(MVではカットされている)では、ドレイクと女性がユートピアという言葉に言及している。女性が「ユートピアにいくと思ってたのに。完璧な目的地のはずなのに、ここはただのホテルの部屋じゃない」といった言葉をドレイクに掛けると、ドレイクが「どうしてここがユートピアじゃないと言える? 僕にはここが完璧に見えるよ」と返している。ユートピアの定義は人によって異なるのか。私には、このドレイクの言葉が、物質的な幸福を皮肉っている言葉のように聞こえる。

さて、複雑に展開されていくユートピアの話は一旦置いておこう。正直に話すと、興味深いのは、トラヴィスのヴァースの内容以上に、挑戦的かつ『Astroworld』信者を裏切っているように感じるサウンドの方だ。 

ボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンも参加する「MY EYES」では、彼らしいメランコリックな雰囲気が一気に立ち込める。特に前の「MODERN JAM」から続けて聴くと、物々しいブーンバップから急に無重力空間に投げ出されたような浮遊感が癖になる。また、曲の後半では徐々にリズムが早まりトラップ・ビートへと変化していく。本作ではこの曲以降、サイケデリックなトラヴィス節が増してくる。

続く「GOD’S COUNTRY」もサイケトラップを取り入れた一曲。ちなみに曲の中で繰り返される「La la la la」は、1968年のホラー映画『ローズマリーの赤ちゃん』のサウンドトラックに収録されたクシシュトフ・コメダの「子守唄」のサンプルだそう。なるほど不穏な訳で、“神の国”というには陰鬱としすぎたサウンドだ。また、「GOD’S COUNTRY」のMVでメインに描かれるのは、低所得者層の多い地域の子どもたちである。そのあまりにもユートピアとかけ離れた映像も含め、トラヴィスはこの曲で世の中の矛盾や、ユートピアは存在するのかという問いを表現しているのではないだろうか。

終盤に収録されている「K-POP」は客演に大物、バッド・バニーとザ・ウィークエンドを迎え、バウンシーなビートを軸にブラジリアン・ファンクとポップスが合わさって心地よく聴ける。しかし、トラヴィス・スコットの新作のリード・シングルとしては少し弱いだろう。あとは先にも言及したタイトルとアートワーク。そもそも「K-POP」というタイトルに再生数稼ぎの思惑が見え透いているのだが、トラヴィスの言う“K-POP”とは私たちが普段使っている韓国のポップスという意味ではなく、ケタミン入りのポップスという意味らしい。ケタミンとは麻酔薬の一種で、ドラッグとしての作用は、体外離脱感覚を味わうことが多いようだ。K-POP好きの筆者としては紛らわしいし、ドラッグと一緒にするなと言いたくなる。少し気に食わない部分はありつつ、繰り返すがサウンドは挑戦的で楽しい。

『UTOPIA』は前作よりもストーリー性のある世界観勝負ではなく、断片的に色々なパーツを繋げあわせてメッセージを伝えようとする作品だ。音の面で言えば、様々なジャンルの音楽をミックスすることにより音楽的に挑戦をしていたように思う。トラップ、ブーンバップ、サイケ、ブラジリアン・ファンクなどがカオスにまとめられた1枚。これが、今のトラヴィスの“理想の”音楽なのだろう。

元をたどれば「ユートピア」とは“架空の”理想社会という意味で使われていた。架空の社会を題材とする文学作品のことを“ユートピア文学”と呼んだりするくらいだ。つまり、本作のリリックにおけるユートピアとは酒やドラッグなどの物質的な幸せによって生み出される、幻想の中の一時的な理想郷でしかないのかもしれない。しかし、ここでリリックに「神」を示唆するものが多いことを思い出す。キリスト教において、永遠の幸せとは死後の世界、天国で平安に暮らすこと。トラヴィスはこのアルバムにおいて、長期的には身体や精神を蝕む物質的な幸せでなく、死後の永遠の幸せ=ユートピアを渇望していると解釈することもできよう。そういった意味では、カニエの影響をサウンド面だけでなく、思想的な部分でも受けているのではないだろうか。

様々な商業的成功を経て、本当の幸せとはなんなのか、という議題に行き着いた、トラヴィスによるディスカッションが詰まった1枚。今までの作品以上に、聴く人によって解釈が全く異なるであろう、コントラバーシャルなアルバムである。(MINORI)


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