Review

Paramore: This Is Why

2023 / Fueled by Ramen / Warner Music Japan
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パラモアと“過去”

25 April 2023 | By Yasuyuki Ono

ノスタルジー・バンドにはなりたくない。ヘイリー・ウィリアムスは本作に関する複数のインタヴューでそのように語っている。それは過去を顧みず、常に前を向き新しい音楽を生み出していくのだという気概を示す発言では恐らくない。“過去をいつまでも振り返らない”と、あえて反芻するということは、つまり自らに逃れがたい過去が常に目の前に立ち現われるがゆえに、何度も何度もそれを意思をもって振り払わなければいけないということだから。過去というものを忘却するのではなく、常に過去を振り返りそこからの距離を如何に図っていくのか、もしくは過去に付与された意味内容をいかに更新していくのかという行動とノスタルジアの否定の反復という行動は不可分だろう。過去との対峙。それが、パラモアの本作もしくは近年、パラモアというバンドを駆動させてきた大きな要因であった。

例えば、2000年代に成功を収めたポップ・パンク・バンドとしての自画像を、パラモアは2010年代を通じて更新しようと試みてきた。『Paramore』(2013年)においてニュー・ウェイヴ・ルーツのエレクトロニカやオーケストラル・サウンドへと接近し、『After Laughter』(2017年)では80年代的なシンセポップを作品へと浸透させ、ポップ・テイストを強めていった。それらを経た本作では、2000年代初頭に一時代を築いた“ポストパンク・リバイバル”、具体的にはブロック・パーティーや、ザ・ラプチャー、ヤー・ヤー・ヤーズといったバンドや現在イギリスの地で花開いているウェット・レッグやソーリーといったポストパンクを重要なルーツとするバンドらのサウンドが影響源となっている。タイトル曲「This Is Why」や「The News」、「Figure 8」でのキレのあるダンサブルなポストパンク・サウンドを耳にすれば上述したバンドたちからの影響をはっきりと感じることができるだろう。さらに作品中からは、例えばリアル・エステートの姿が浮かぶようなインディー・ロック「Big Man, Little Dignity」や「Crave」、ワイルド・ナッシングやビーチ・フォッシルズを彷彿させるドリーム・ポップ「Liar」といった2000年代後半以降のインディー・ポップの潮流も感じることができる。それはまるで、デビュー以降“商業的”で“同質的”なポップ・パンクのシーンにおいてバンドが活動していくなか、同時代的に並走していた多くのバンドたちのサウンドをバンド自らが追体験するような経験でもあり、バンド初期のギターオリエンテッドなバンド・サウンドや、衝動性を作品へと組み込ませたいという本作の出発点となるアイディアがバンドのルーツであるポップ・パンクではない方向性へと回遊した結果でもあるのだろう。

しかしバンドにとり、“ポップ・パンク”的なサウンドを志向しないということは、バンドの過去を捨て去るということでは全くない。例えば、2018年にバンドは、自らのヒットのひとつである「Misery Business」(2007年)をリリックの女性蔑視的な側面を理由にライヴで演奏しないことにした。しかし、それ以降もファンによってTikTok上で数多く「Misery Business」は再生され、2022年のコーチェラ・フェスティバルではヘッドライナーを務めたビリー・アイリッシュがヘイリー・ウィリアムスをステージへと招き入れ「Misery Business」をともに歌い上げた。現在では表舞台で表現することを躊躇するような内容を含んだ楽曲が、時代の中で数多くの人に受容され、誤解や批判を経てもなお歌い継がれているという事実を目の当たりにしたバンドは留保付きでライヴ・セットリストへと同楽曲を復活させた。ヘイリー・ウィリアムスはもはや「Misery Business」は自分を定義するものではないし、若かったころに体に取り込まれ内面化されたミソジニーでもないと気づいたことで楽曲と平和な関係性を結ぶことができたとも語る。このエピソードにもあるように、パラモアというバンドはかつての“ポップ・パンク”との回路を切断してはいない。ウィリアムスが本作において「いつでも/現在/未来/そして/過去がつながっているのを感じる」(「Crave」)と歌うように、過去を顧み、その過去を現在の土台として堆積させ、自らの楽曲に付与された意味内容や意図を更新させながらパラモアというバンドは音楽を生み出している。

近年の2000年代ポップ・パンク/ポップ・エモ・リバイバル、Y2Kムーヴメント、性差別や性加害に対峙する運動、メンタルヘルスに関する発信、バンドの音楽を思春期に聴き、ヘイリー・ウィリアムスをロール・モデルとしてきたミュージシャンが多く現れるなど複数のトピックが作用しパラモア、もしくはヘイリー・ウィリアムスという存在は一気にその影響度を高めてきた。しかしそれはバンドが受動的に時代の流れに身を任せていたなかで生じたものではない。上述してきたようにパラモアは常に過去との距離をコントロールしようと苦闘してきた。度重なるメンバー・チェンジや、バンドをとりまく時代や環境がいかように変わろうとも過去を意図的に忘却するでも、開き直るでもなく、過去との接続の中でパラモアは音楽を生み出している。それは理性的かつ危険で、冒険的な決断だ。本作『This Is Why』はそのようなバンドの苦闘と模索の軌跡でもあり、巨大化したバンドが時代とともに“成熟”するとはいかなることなのかを伝えるドキュメンタルな一作でもある。(尾野泰幸)


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