Review

Jessie Ware: That! Feels Good!

2023 / Emi
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彼女は何を解放しようとしているのか?

08 June 2023 | By Nami Igusa

いかにも権威主義的な格式ばった西洋建築の中でクィア・パーティーを煽動するジェシー・ウェア。「Free Yourself」のMVは今作の中でとりわけメッセージ性の強い1本だ。自らも白亜の彫刻の代わりとなって “お立ち台” でダンス・フロアを煽る。ビヨンセの直近作『Renaissance』(2022年)がダンス・フロアを意識したレコードであったことともどこかで共振する、明白なディスコ路線のジェシー・ウェアの5枚目のアルバムは、ゆえに、単なるパーティー・アルバムではない。抑圧からの解放、人間性の再生。それが、ディスコの向こう側から煽り立てる、彼女の旗印だ。

エレクトロニックとの実験的な邂逅を垣間見せたネオ・ソウルを掲げたデビュー・アルバム『Devotion』(2013年)で批評家筋からは高い評価を得るも、その後は徐々にコンサバティブに陥っていった彼女が、自らキャリアを引退するつもりでスタッフを一新しシーンに送り込んだのが、各所で絶賛を受けたかの前作『What’s Your Pleasure?』(2020年)。確かに従来のイメージを覆す “やぶれかぶれ” なディスコ作品となった訳だが、一方で無機質に反復するジョルジオ・モロダー風サウンドがひんやりとしたモダンさを放っており、このミニマルなエレガンスと妙なカルト感が個人的にも近年稀に見るほどツボにハマっていたのであった。その成功を受けたのが今作ということになるが、まず驚いたのが前作のそのインテリジェンスをもかなぐり捨ててしまっているということ。続投のジェームス・エリス・フォード(シミアン・モバイル・ディスコ)に加え、マドンナをも手がけたスチュアート・プライスを新たにプロデュースに迎えた今作は、引き締まったビートに今っぽいクラブのフロアを思わせるも、基本的にはディスコの中のディスコ。メロディもどポップ、ゴージャスなバンド・サウンドをバックに下世話スレスレまでとにかくホットにブチ上げまくってくるのである。

今作で念頭に置かれているのは、1960年代後半から70年代前半のアンダーグラウンドなニューヨークのシーンだろう。ニューヨーク・パンクとディスコが隣り合わせに存在し、猥雑と前衛と過剰にグリッターな美意識が同居し、人種や性規範/性的他者の枠組みが混ざり合っていた、あの時・あの場所に、今作のジェシーは希望を見出しているのだ。だから彼女は「Begin Again」ではサンバのハーモニーやリズムを感じさせてみたり、アフロ・ビートやハイライフをルーツにもつロンドン拠点のジャズ・バンド=KOKOROKOによるブラスを作品全体に起用したりと、一聴すると下世話と感じる今作の中にも実はさまざまなレイヤーを密かに潜り込ませ、混ぜ合わせていることに、作品のハイテンションに面食らわずに聴けば気づくことができる。曰く、トーキング・ヘッズの「ストップ・メイキング・センス」のライヴ(それ自体は85年だが)からの影響も受けたらしいが、つまりは、後に彼らをも生むことになるあの時代のNYの実験的な土壌そのものを表現したレコードなのだと換言できるだろう。

ところで、『That! Feels Good!』というタイトルや、その他収録曲名の多くは、特に隠すでもなくセクシャルな意味そのまま、だと思うが、これは、今以上に厳しい差別の中でも自分を解放し、愛を求め踊り明かしたであろう(当然ディスコと切っても切り離せない)あの時代のクィア・コミュニティへのオマージュを捧げているという側面も大きいのだろう。ちなみに前作は、80年代初頭ニューヨークでエイズが流行り、多くのゲイが愛する人を失っていた頃、クラブで締めによく使われたとされるファーン・キニーの「Love Me Tonight」(1981年)からの影響を受けているのだとか。

前作以降、LGBTQ+のファンを増やしたとはいえ、クィア・コミュニティからは一見すると遠い存在のように思えるジェシー。ただ、3児の母でもある彼女はそれゆえに “自分” の解放と拡張を望み、その欲求が彼女を性的な享楽にも自由奔放なディスコ・クイーンに仕立て上げたのだろう。あるいは、前作以前のキャリアが思い通りにいかなかった背景として「白人の男性に妨害されていた」ようなニュアンスの発言もしていたが、そうした長年の不自由な想いが募ってか、自らの身体の自律性への意識を先鋭なものにしていった結果が、こうしたディスコ二部作に結実しているのだとも感じられる。

セクシャル・マイノリティの権利と女性の権利を同じように語ることには難しさがあることは承知の上だが、ともかく、自分自身の身体と快楽を自由に享受するという、人間が当然に持つべき権利を、ジェシー・ウェアはディスコという形で一貫して主張している。高らかに、そしてとびきりセクシーに。1969年のあのストーンウォール事件のように、自らの身体を抑圧するものに立ち向かい、連帯しなくては。反抗の音楽としてゴージャスに鳴り響くディスコ。実は今作、極めて政治的なレコードなのではないだろうか。(井草七海)


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