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Nihiloxica: Source Of Denial

2023 / Crammed Discs / Windbell
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世界中の移民政策に中指を立てろ!

01 October 2023 | By hiwatt

大英帝国のコロニアリズムが生んだ人種間の軋轢の一端は、若者とカルチャーが繕ってきた。「音楽」こそがその媒介の最たる例だろう。

ジャマイカは1962年の独立までの約300年間、イギリスの支配を受けていたが、人々は独立後も移民としてイギリスに流入し、同時にレゲエやサウンド・システム、当時ジャマイカで流行っていたスカを持ち込んだ。とりわけ、スカはイギリスの労働者階級の若者たちの中でも自由と平等に標榜する「モッズ」に刺さり、70年代の後半にはスペシャルズのように、スカにパンクやポップスの要素を取り込んだ白人と黒人の混合バンドが生まれた。このバンドの「Ghost Town」という楽曲は労働階級や人種的マイノリティの人々に支持され、サッチャー政権に対する暴動や、当時のBLM的な暴動のテーマソングとなった。バンドのリーダーでもあるジェリー・ダマーズが主宰するレーベル《2 Tone Records》の名前から「2トーン」というムーヴメントにまで発展したが、彼はこれについてこう語った。「イギリスの新しい音楽だ。白人がロックを演奏し、黒人が自分たちの音楽を演奏するんじゃない。俺たちの音楽は白と黒、二つの音楽の結合なんだ」。

そんな《2 Tone》の意志を2020年代に継承するバンドがいる。Nihiloxica(ナイヒロクシカ)だ。 イギリス出身の白人プロデューサーであるPQとSpooky Jの2人と、ウガンダ出身のHenry Kasoma、Jamiru Mwanje、Isabirye Henryの3人から成る。ウガンダ・チームがDjembe、Namunjoloba、Bakisimba、Binghi、Engalabiといった土着の太鼓を用いてビートを打ち鳴らし、トライバルな変拍子ビートを用いたトラックを得意とするSpooky Jが接着剤的役割を果たし、PQがインダストリアルなIDM/ダブステップ・サウンドでダークな彩りを添える。明確な意図でデザインされた絶妙なバランス感を持つバンドだ。

ウガンダといえば、現在この国の音楽シーンは世界中から多くの注目を集めている。ウガンダの首都、カンパラを拠点とし、2013年に発足した「Nyege Nyege」というコレクティヴは、2017年以降《Nyege Nyege Tapes》と《Hakuna Kulala》という2つのレーベルから、主にアフリカ各地の比類無いレフトフィールドな電子音楽を絶え間なく発信している。また、元々はアンダーグラウンドのパーティであった《Nyege Nyege》は、2015年から《Nyege Nyege Festival》を開催。アンダーグラウンドな存在がアフリカ有数のフェスになり、世界中の人々をウガンダに集める、国家としても重要なフェスになっている。そんなイベントの2017年の回の裏側でNihiloxicaは奇跡的な邂逅を果たし結成。

彼らの初期のEPはカンパラにある《Nyege Nyege Studio》で録音され、《Nyege Nyege Tapes》からリリースされた。2020年のファースト『Kaloli』と、最新作はベルギーの《Crammed Discs》からのリリースだが、この最新作は原点に立ち返り、《Nyege Nyege Studio》で2022年初頭の1か月間で集中的に録音された。

大陸を跨いで活動する新世代の“2トーン・バンド”が3年ぶりの最新作で掲げるのは、『Source Of Denial(否定の出処)』。彼らが否定するものとはなにか、それは世界的に行われる敵対的な移民政策や、移動の自由政策についてだ。特に、ブリグジット以降にEUからの移民規制を厳しくしたにも関わらず、アフリカ、アジア方面からの船での密入国者は絶えず、(2審では否決はされたが)不法移民をウガンダの隣国であるルワンダに強制移送するという野蛮な法案を立てるイギリスに対し、彼らの中指は向けられている。ウガンダもイギリスの支配に翻弄された背景を持ち、独立後の騒乱と貧困のそもそもの原因がイギリスにあるため全く他人事ではなく、内側と外側からの怒りがこのアルバムに込められている。

ウガンダチームの激しいトライバルなビートには、明確な敵意と怒りを感じ、表題曲の「Source Of Denial」で聴けるメタルコア的なビートには文字通り度肝を抜かれる。そしてビートを前傾化させるためにウワモノが黒子に徹する立ち回りを取っているのもこの作品の象徴的なポイントだ。また作中で印象的に挿し込まれる音声は、ビザの申請プロセスや、永遠に待たされる電話窓口の自動音声などをAI生成したもので、意図的に複雑化された社会システムに対する明確なアイロニーであり、以前のサウンドよりも全体的にデジタルな質感を感じるのにも過度なシステム社会への批評が込められているのではないだろうか。

同じ島国で、同じく移民問題に直面する日本。彼らの怒りに我々は目を背けられないし、その怒りを共有するためにも重要な作品である。(hiwatt)


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