Review

Priya Ragu: Santhosam

2023 / Warner
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37歳新人シンガーの考える幸福とは

30 November 2023 | By Kei Sugiyama

タミル系スリランカ人の両親を持ち、スイスで生まれ成長したPriya Raguは、2021年にリリースされたミックステープ『damnshestamil』が注目を集め、期待の新人として「BBC Sound of 2022」のロングリストにも選ばれた。そんな彼女は1986年生まれの37歳、スイス航空の技術職に就いていた経歴がある。デビュー作となる本作は、彼女の経験があるからこそ説得力のある作品となっている。

彼女は、同じような出自を持っていることから、M.I.A.を引き合いに出されることも多い、また兄であるJaphna Goldがプロデューサーを務めていることからビリー・アイリッシュとも比較される。音楽的には、彼女のルーツを感じさせつつも、それをヒップホップ・マナーで取り入れたR&Bと言えるだろう。ビル・ウィザースの同名曲を思わせる「Lovely Day」での彼女の歌声は、兄が聴いてその完成度に驚いたというアリシア・キーズ「Fallin’」のカヴァーなどが念頭にあったのではないだろうか。本作には、「One Way Ticket」、「Vacation」そして「Easy」とディスコな楽曲と共に、トライバルな要素をさらに強めた「Hit The Bucket」や「Black Goose」などが収録されている。メジャー・レイザー「Lean On (feat. MØ & DJ Snake)」などで見られた手法とも言えるかもしれないが、これらの楽曲は、彼女たち兄妹の両親のルーツだけでなく、スイスで育ちヒップホップやR&Bも聴いて育ってきたであろう音楽遍歴も感じさせる。

タミル語を挟みながら歌われる本作は、その響きも含めサウンド的に面白いが、歌詞にも魅力がある。冒頭でも記したように、BBCの新人リストに選ばれているが、彼女は1986年生まれと決して若くない。本作は、一貫して自分で選択することの大事さを説く、そしてそれは、タイトルである幸福へと繋がるということだろう。兄にアリシア・キーズのカヴァーを披露した時、彼女はまだ16才だった。ミュージシャンになる夢を持ったが、父親からは反対されたそうだ。そんな彼女が20年程の時を経て、注目を集めながら完成させたデビュー・アルバムが本作である。その中で、自分のしたいことをする大切さを説きながら、教育で埋め込まれる世間体という呪縛まで示唆させる「School Me Like That」を歌うことは、彼女だからこその説得力がある。自分のやりたいことを続けることの難しさを、彼女と同い年である私も実体験として思う所がある。歳を経ることで自分の中に生まれる内面化された世間体という名の視線は、そう簡単に割り切れるモノではない。本作を聴いていると、そうした複雑に絡み合った感情も踏まえながら、どのような選択をしようと「One Way Ticket」(片道切符)でもあると示唆させつつ、自分で選択することを諦めなかったから、本作が出来上がったのだと思うと、人知れずコツコツと続けることの大切さを感じさせる。本作のそうした側面は、多くの人の背中を押す作品となっているのではないだろうか。(杉山慧)

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