瞬間的な消費に流されない音楽
サム・プレコップの新作アルバム『Open Close』がリリースされた。まず、今回のアルバムに至るまでの彼の活動遍歴と作品概要については、日本盤CDのライナーノーツで南波一海さんが的確な文章で魅力を伝えてくれているので、ぜひそちらを購入して参照していただきたい。
自分はこれまで、サム・プレコップの2020年作のアルバム『Comma』の日本盤発売元である《HEADZ》の特設サイトでのロング・レヴューや、2022年作のトータスのジョン・マッケンタイアとのデュオ作『Sons Of』の日本盤CDのライナーノーツで、作品に実際に使われているモジュラー・シンセ等の電子機材や楽器の特性から作品内容へ迫る文章を書いてきたが、それはプレコップ自身が新しい機材の試奏をオンライン上で公開してきたからでもある。現在では各メーカーの機材開発の波が落ち着きを見せつつあるものの、SNSではそれらを試奏するショート動画で溢れている。その多くは最新の機材の面白さを端的に伝え、目や耳を惹きつけるものが多く、自分もわりとそれらの紹介動画を見てしまう。もちろん機材そのものが気になるのだが、メーカーからのモニターとして試奏や宣伝を依頼されている音楽家が紹介していることも少なくない。新しい機材の音色や使い方は音楽家によってさまざまであり、見ているうちに紹介している音楽家自身にも興味が湧いてくる。そうやってショート動画に端を発して、その音楽家が普段作っている音源を期待を持ってチェックしにいってみると、肩透かしを食うようなものが多いのも事実だ。高価な最新の機材やレアな楽器を使っていたとしても、それを自分自身の個性としてどのように楽曲に反映させられるかが重要なのだと再認識させられる。
却って、サム・プレコップの新作『Open Close』を聴いてみると、一貫した音色のテクスチャーへのこだわりは当然のことながら、複数のメロディーのシーケンスが精緻に絡み合いながらゆっくりと浮かび上がっては消えてゆき、気がつくと音景色が変化しているような楽曲が特徴的で、音楽は時間芸術なのだということを味わわせてくれる。細部を聴き込むと、モジュラー・シンセのアルペジエーターによる旋律がランダムに変化するパターンが曲の随所にさりげなく組み込まれている。優しく丸みを帯びた音色だが、その水面下でうごめく旋律は捉えどころがなくいつも表情が変わって聴こえるようなミステリアスな気配すらある。この反復と微細な変化による構築感とミニマルかつリリカルなフレーズは、シカゴの盟友であるトータスのダグラス・アンドリュー・マッコームズが作り出すベースラインやメロディーも思い起こさせる(彼のソロ作『VMAK<<< DUGLAS<<6NDR7<<<』にもプレコップはゲスト参加している)。そして何より『Sons Of』や近作での流れを発展させたようなグルーヴィかつ浮遊感のあるビートがアルバム全体に瑞々しさを与えており、サム・プレコップにしか作り得ない電子音楽作品となっている。
ショート動画の台頭によって瞬間的な刺激や即時的な理解に依存する鑑賞態度が強まっていった結果、作品全体の文脈を読み解くような音楽への接し方が少なくなってしまっているように感じる。この止めようもない音楽需要におけるプラットフォームの構造変化を、これも時代だからと割り切り、その流れに適応してゆくような音楽制作や視聴態度には真っ向から抵抗したい。それらのシステムに沿うことはマーケティングや消費社会の論理に従うことになり、音楽や芸術文化が持つ本質とは相反するものだ。こういったアルバムのレヴューやライナーノーツ、そして音楽家たちへのインタビューなど、音楽そのものだけでなく、背景や文脈を知ることによって得られる対象への興味や理解、批評こそがこれまでの豊かな音楽文化を作り上げてきたはずだ。
なにやら話が大仰になってしまったが、サム・プレコップのこれまでの歩みが重なり作り上げられた『Open Close』は、深く音楽を聴くことの喜びを再確認させてくれるアルバムであり、瞬間的な消費に流されない音楽の価値を改めて示してくれている。(ASUNA)
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