Review

Shabazz Palaces: Robed in Rareness

2023 / Sub Pop
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ヒップホップの宇宙を押し広げ続けるシアトルのリヴィング・レジェンド

24 November 2023 | By Yuki Okouchi

アフロフューチャリズムは、オルター・エゴ(別人格・分身)を巧みに活用してきた。そのオリジネーターであるサン・ラやジョージ・クリントンの影響を強く受けたイシュマエル・バトラーも、同じ系譜に連なるアーティストだ。

彼の1つ目の姿が、ヒップホップ・トリオ、ディゲブル・プラネッツを率いたButterflyだった。ジャズへの敬意に満ちたサンプリングと、アブストラクトかつブラックコンシャスなリリシズムは、ギャングスタ・スタイルのオルタナティヴとしてすぐさま輝きを放った。《Okayplayer》のインタヴューに拠れば、“プラネッツ”というネーミングもサン・ラとジョージ・クリントンからのインスピレーションで、彼は当初からアフロ・フューチャリスティックだった。

ティゲブル・プラネッツは彗星のごとく現れ、1992年のファースト・シングルでグラミー賞も獲得。しかし2作目のアルバム・セールスがふるわず1996年に解散し、シーンから姿を消した。短くも力強く羽ばたいたイシュマエルは、その後のファンク・バンド、 Cherry Wineとしての一時的な活動を挟みつつ、10年以上の期間を経て再びメタモルフォーゼをした。それが、パレセア・ラザロことイシュマエル・バトラーと、マルチ・インストゥルメンタリストのテンダイ・マレールで構成されたシャバズ・パレセズだ。

シャバズ・パレセズは、2009年にプロフィールを隠しながらデビューし、その後、イシュマエルの故郷、シアトルの《Sub Pop》(ニルヴァーナやフリート・フォクシーズなどが代表的)初のヒップホップ・アーティストとして契約され話題となった。シーンに舞い戻るに当たって、オルター・エゴを隠れ蓑にして過去のコンテクストを取り払い、改めて自分自身の実験的なオリジナリティで評価を受けたいという気概が感じ取れる立ち上がりだった。

続く2011年の、タイトルからして前のめりな『Black Up』では、非常にレフトフィールドで奇抜な展開でありながら、心地よい温かさも感じる未知の音楽を繰り広げ、多くのリスナーを釘付けにした。同じくシアトルのテンダイ・マレール(現在は脱退)がたたき出す絶妙なタイム感のパーカッションを推進力に、フューチャリスティックな楽曲をその後もリリースし続け、ヒップホップというジャンルが持ちうる新たな側面を見事に提示した。

かくして有名になったシャバズ・パレセズに匿名性はなくなったが、イシュマエルにとってオルター・エゴは今でもお気に入りの手段である。新たな分身を再び創り出し、今年4月にはミニ・アルバムをリリースした(と見られる)。それが、ナイジェリアのラゴスが拠点とされる謎のアーティスト、Lavarr The Starrの『Illusions Ago』。R&B調でリラックスした雰囲気の曲が多く、彼の作品群の中ではだいぶ耳なじみがよい。

スポークンワードに近いラップが、終盤ダンサブルに切り替わる「Mind Glow Rodeo」の展開は小気味良いし、レイドバックしたボーカルで柔らかな日差しを感じる「Glass Top Roof(The One)」や、バラード調でアルバムを締めくくる「I’m Down」は、タイラー・ザ・クリエイターやフランク・オーシャンなどからのインスピレーションが染み込んでいるようで、ポップでメロウな方向性での新しさが随所に感じられる。

 

54歳になってなお精力的なイシュマエルは、それからわずか半年で、今度はシャバズ・パレセズとしてこの『Robed in Rareness』をリリースした。7曲20分台というコンパクトさは『Illusions Ago』と共通する一方、こちらはよりスペーシーでダークな空気感をまとったヒップホップの楽曲が並び、2作は対のようでもある。珍しくほとんどの曲にゲストが参加しているのに加えて、全楽曲でCGアニメーションのPVが作られ、ヴィジュアル・アルバムという側面が付与されている点も目新しい。

客演のアーティスト達は、個性を生かしてのびのびと参加している。故リル・ピープとの共作で知られるイシュマエルの息子、リル・トレイシーが加わったトラップ調の「Woke up in a Dream」で彼は、父の音楽性に親和性のあるフローを聞かせる息子を、“私のアイドル”と呼ぶかわいい親心を見せる。エフェクトのかかったリル・トレイシーのバック・ヴォーカルが幻想的な雰囲気を醸し出し、イシュマエルの解釈で息子の世界に近づいた新種のエモ・ラップに聴こえる。

「P Kicking G」は、空間を感じさせるプロダクションと繰り返しの多いリリックで、とてもミニマルな仕上がりだ。同郷のポーター・レイがつぶやく“Shake it like that, like that……”というフックは、ディゲブル・プラネッツのグラミー受賞曲「Rebirth of Slick(Cool Like Dat)」のリリックをほぼ踏襲して直接的なオマージュを捧げている。

ラストの「Hustle Crossers」では、“Take me away from here”と、次の行き先を受動的に求めるイシュマエルがひとり浮遊感のあるトラックに漂う。虎視眈々と結果を追い求ず、コラボレーションを通して生まれるひらめきを形にするのでもいいだろう。肩肘を張らないプロダクションの今作を聴くと、そういう現在の彼のマインドがよく表れたのがこの曲なのだろうと思える。

イターシャ・L・ウォマックの『アフロフューチャリズム ブラック・カルチャーと未来の想像力』の一節によれば、アフロ・フューチャリズムは“音楽のなかに豊かな歴史を持つ、未来を見据えた唯一の美学”だという。先達の創り出した世界観を咀嚼し、アフロ・フューチャリズムの体現者の一人として、さらに新たな音楽を紡ぎ出してきたイシュマエル。ディゲブル・プラネッツのデビュー作から30年となる今でもその担う役割が大きいことは、今年リリースされた2作からも明らかだ。進取のマインドを持つヒップホップのリヴィング・レジェンドの実験は、宇宙が膨張を続けるように、ブラック・カルチャーの領域と可能性を美しく押し広げている。(大河内由紀)



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