シェフィールドと東アフリカのアンダーグラウンドの邂逅、その最良の成果
様々な国のアンダーグラウンドなダンス・ミュージック・シーンとの繋がりをもつウガンダのレーベル《Nyege Nyege Tapes》と《Hakuna Kulala》であるが、シェフィールド出身のプロデューサー、Rian Treanorもまた、現在ではその魅力的なコミュニティの一員であると言えるだろう。
UKエレクトロニック・ミュージック勢の中でもアブストラクトかつエクストリームな実験音楽家としての側面が強いRian Treanorのキャリアを振り返ると、上述のレーベルと繋がることは極々自然なことのようにも思える。《Planet Mu》よりリリースされた2019年のファースト『ATAXIA』におけるアブストラクトなサウンドは、ドラムン・ベースやUKガラージ、UKファンキーといった英国のダンス・ミュージックが主要なリファレンスでありながらも、コンガなどを用いたパーカッシヴなトラックからは後の音楽性への連なりを感じ取ることができる。
転機となったのは、2018年の《Nyege Nyege Festival》への出演と、それに伴う数週間に及ぶ《Nyege Nyege Tapes》のレーベルのスタジオへの滞在だ。そして、現地でタンザニアの高速ダンス・ミュージック、シンゲリのプロデューサーであるJay MittaやSissoやグラスゴーのデュオ、Modern Instituteから受け取ったのインスピレーションをそのまま持ち帰り、ダンスホール、フットワークといった異なるリズムを取り込み制作されたのが、2020年のセカンド『File Under UK Metaplasm』である。アチョリ族のフィドル奏者、Ocen Jamesとの出会いも、2018年の《Nyege Nyege Festival》における即興コラボレーションが契機であり、その後に制作されたのが本稿で取り上げる、2023年のコラボレーション作品『Saccades』である。
サウンドデザイン・ツールをカスタムメイドしての制作がRian Treanorのスタイルであり、本作の制作時においても物理的モデリング・ソフトウェアの技術を使用して、アーチ型のハープであるア・ダングをはじめとするウガンダの伝統楽器のチューニングに基づいた仮想楽器を作成したという。そこにOcen Jamesの演奏が絡むことで有機的な音と機械的な音が絶妙なバランスで同居していることが、本作のサウンドをより個性的で奇妙なものにしているように思える。
先行配信曲「Bunga Blue」から「As It Happens」へと繋がる序盤の流れにおける、ポリリズミック~変則的なビートは、実験的なリズムを作ることにかけては一流なRian Treanorの作家としてのシグネチャーをあらわすようなオープニングとなっている。よりエレクトロニック・ミュージックとしての傾向が顕著になるのはOcen Jamesによる一弦ヴァイオリンであるリギリギの演奏にカラフルな電子音が絡む「The Dead Centre」以降だろうか。同曲やアルバム随一のアンビエント「Casascade」、或いはアクティヴなダンス・ビートの「Rigi Rigi」(※《The Quietus》では“Caspaのダブステップ・アンセム「Cockney Violin」をスピードウェイで再構築したようだが、それよりも遥かに生々しく奇妙な曲”と評している)におけるOcen Jamesの演奏との融合は、今回のコラボレーションならではと言えるだろう。最も興味深い楽曲は「Naassaccade」と「Tiyo Ki」で、変則的なビートと、どこか荒涼とした電子音の組み合わせは、同郷シェフィールドのレーベルである《Warp》所属のアーティストであり偉大な先達でもある、エイフェックス・ツインやオウテカを思い起こさせもする。前述の楽曲からはRian Treanorのルーツの一側面を垣間見ることができるのではないだろうか。
『Saccades』はマッドな実験電子音楽家としてのRian Treanorが、自身のスタイルは崩さず、最も刺激的なダンス・ミュージックの震源地の1つである東アフリカの音楽家たちとの邂逅によって作り上げられた、伝統音楽とエレクトロニクス、アヴァンギャルドなビート・ミュージックの強烈なアマルガムであり、東アフリカを中心とするアンダーグラウンド・ネットワークにおける、2023年最初にして最良の成果と言えるのかもしれない。(tt)