官能と暴力のファンタジー、葛藤のロックスター。
イヴ・トゥモアとはロックスターである。彼は「ロック」の中で求める。苦悩、欲望、ネガティブな感情を昇華し、他でもない「自分自身」がどれだけ興奮できるかを。
《Warp》から発表した『Safe In The Hands of Love』(2018年)ではアルカなどのクィア・アーティストとも共振するエクスペリメンタルな作家性が評価され、次作『Heaven To A Tortured Mind』(2020年)では派手なヴィジュアルと、グラム/ハード・ロック的なサウンドへの接近がいよいよ化学反応を起こし、暴力と官能の渦巻く傑作を生み出した。本作『Praise A Lord Who Chews But Which Does Not Consume; (Or Simply, Hot Between Worlds)』にも、ロックがもたらすファンタジー、その魔力が込められている。
まず視覚的な面から言及したい。そのヴィジュアルはグラム・ロック、ドラァグ・クイーン的にジェンダーを越境し、時には悪魔のような姿へと変幻自在だ。メディアへの露出の少なさも相まって、親近感ではなく“ショーン・ボウイ”という人物が演じる「イヴ・トゥモア」というキャラクター性を強く感じる。
そして、そこには二つの欲求が立ち現れる。ガリヴァー旅行記を連想させる「Echolalia」のMVでは縄に縛られ苦しむ人間、その胸に恍惚と釘を突き立てる小人が登場するが、そのどちらもイヴ・トゥモアが演じている。クィア・アーティストの表現にも通じる、サディズム/マゾヒズム、エロス/タナトスなどの欲求を同時に刺激する描写は度々登場し、舞台の上で内なる欲望を開放させる。
その刺激的な姿とは反対に、歌詞には切実さが滲む。アフリカン系アメリカン人やクィアというマイノリティの立場から生じる苦悩を安易に想像してしまうが、その抽象的な表現は、救済を求めつつ、私たちの共感や同情すらかわしていく。また、「Parody」はアーティストとしての自らの振る舞いすら省みる詩として解釈できるだろうか。ステージの上、派手な姿でファンタジーの世界の住人を演じる自分を、一方では醒めた頭で客観視しており、そのたゆたいが見て取れる。
「顔と名前をハガキで送る
ポップスターのパロディ
あなたはモンスターのように振る舞った
これってただのメイク?」
(「Parody」)
サウンド面では引き続きハードに歪んだ生演奏のロックに重心が置かれているが、ナイン・インチ・ネイルズとのライヴ共演(ミックスに参加したアラン・モウルダーもNIN作品に携わっている)が意味するようにインダストリアル・ロックの質感や、あるいはザ・キュアーの退廃的でゴス的なエッセンスも漂う。前作のヴァリエーション豊かな展開がセクシーだったリズム・セクションはややシンプルにまとまり、特にベースラインに関しては8ビートのシーケンスに乗せられて禁欲的とすら感じられるグルーヴもあることに気づく。それでも時折見せるヴォーカルのファルセットには儚さや切実ささえあり、文字として並べると様々な要素を内包する小難しい印象を持たれそうだが、あくまでストレートかつシンプルな快楽に満ちている。
「Heaven Surrounds Us Like a Hood」のMVで齧られた巨大な林檎が登場するが、私はエデンの園の“知恵の実”を連想した。人間の根源的な不完全さを暗喩するようなみすぼらしい林檎の上でギターを抱えるイヴ・トゥモア。苦悩も欲望も曝け出し自分自身をアートに昇華するその姿は、周囲の評価も関係なく、ロックスターというペルソナを通して「自分自身」という混沌をいかにのりこなすかを楽しんでいる。それは同時に、我々をも背徳的でファッショナブルなファンタジーに誘う。(寺尾錬)
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