Review

GRINGOOSE: Melody Thought

2024 / Dogear
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メロディーに誘われて

07 January 2025 | By Daiki Takaku

個人的にここ数年、MIX CDを聴くという行為は、音楽に触れる中で最も贅沢に感じることの一つだ。できるだけ実店舗に足を運んで、1,000〜2,000円ほどの金を払い、聴く。それだけなのだけれど、自分にとっては特別な時間が流れているという圧倒的な嬉しさがある。もしかしたらサブスクでいつでもたくさんの音楽をすぐに再生できる時代のせいかもしれないし、ネットでもたくさんのDJによるミックスがフリーで聴ける時代に金をかけているからかもしれない。はたまた、そもそもMIX CDというものが、すでに世に出ている曲をDJがミックスしたものであるがゆえに、最新の音源を追うように聴くのとは音楽との関わり方が違うからかもしれない。まあ、理由はまだうまく言葉にできないが、世の流れから切り離されている感覚とでも言おうか、それを再生している間はDJたちが生み出すどこか独立した時間の流れの中にいるような気分になるのは間違いない。

というわけで、京王線沿いにある、いまだにオンラインでの販売を行なっていない素晴らしいレコード店で、2024年に滑り込むように買ったMIX CDを紹介しよう。タイトルは『Melody Thought』。東京のヒップホップを牽引し続けるレーベル《Dogear》から放たれた、DJ HOLIDAYとのセレクター・デュオ、ETERNAL STRIFEでも活動するDJ、GRINGOOSEによる一作だ。

《Dogear》のHPに掲載されているレヴューや先日公開されたインタヴューを読むと、ヒップホップ(とR&B)の、とりわけ90年代にフォーカスした内容のオファーで作成されたミックスであることがわかるだろう。実際、それで間違いないのだが、そこにはまるで忘れがたい一夜が空気ごとパッケージされたような統一感があり、ジャズがあり、ソウルがあり……つまるところ、メロディーがある。勢いのあるラップも、ロマンチックな夜へ、メロウなひとときへと誘うガイドに様変わりする。特に後半に収録されたR&Bの美しい流れは、記憶のどこかに大切に守られた夜の断片を引きずり出し、私の胸を思い出で浸して洗い上げてくれる。

さらに、CDの面をぐるりと一周するように記された(《Dogear》や《WD Sounds》の周辺、あるいは名古屋《RCSLUM》の周辺の)ラッパーたちのここでしか聴けないシャウトアウトとフリースタイルもこのミックスの重要な要素だろう。彼らの声は無論、音源とは別で録音されているはずで、その声の主張のほとんどは極めて簡潔──GRINGOOSEのミックスに耳を貸せ!──だが、紡がれていく音楽とうまく混ぜ合わされ、ヒップホップが海を越えて連なるイメージを呼び起こす。言い方を変えれば、それらの声はMIX CDの中を流れる時間と私たちが生きる今を明確に繋ぐ糸であり、私たち個々人の手にある独立した時間が折り重なって時代と呼ばれる何かが形成されていることの証左である。

ここにミックスされた(90年代をリアルタイムで経験していない自分にとっては知らない曲が大半の)音源は当然のように過去への扉でもある。ゆるやかなBPMで流れるメロディーに揺られながらその扉をノックすれば、きっと“今”が応じる声が過去からの声と重なり合って聞こえてくるだろう。少しの間、耳を傾けてみてはいかがだろうか。ちなみに自分はCD単体で購入してしまったが同日にリリースされたオリジナルのお香とセットでの販売もあるようです。(高久大輝)

※いわゆるサブスクでは聴けません。気になった方はぜひお近くのレコード店やオンラインストアをチェックしてみてください。

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