Review

ゆるふわギャング: JOURNEY

2023 / YRFW_LTD
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旅という魔法

18 July 2023 | By Daiki Takaku

『JOURNEY』を再生するとすぐ、アナウンスが聞こえてくる。モノクロの街を離れる時間だ。

この街で、ゆるふわギャングははぐれ者だった。邪悪な魔術を使うと疎まれ、この街をずいぶんと前に追い出されてしまった。いや、自分から出ていったのかも。とにかく、連中は人々を魔術で操って、とんでもない悪事を働かせるのだと、指導者は喧伝して回っていた。でももう遅い。きっと色のない街に置き去りにした私たちを気の毒に思ったんだろう。ゆるふわギャングはレコードを街中にばら撒いてくれた。そして『JOURNEY』は、すこぶる調子のいいダンス・ビートで私たちに合図を送る。「旅に出て」「本当の夜はピカピカで世界はとびきりカラフルなんだよ」。ひょっとしてこれが魔術? 誰かがそれに気づく前に、人々は街を飛び出していく──。

下手な二次創作はこの辺にするけれど、たしかに、NENE、Ryugo Ishida、Automaticの3人組、ゆるふわギャングは魔女*だ。ただし、ここで言う魔術、あるいは魔法は超常現象を巻き起こすようなものではない。例えば、手のひらに人という字を3回書いて飲むと緊張が解けるとか、そういったおまじないのレベルで考えるとわかりやすいと思う。要するに「意志によって意識に変化をもたらすこと」。ゆるふわギャングが自らにかける魔法は旅。自分の意志で知らない場所に行き、自分の意識に革命を起こすことだ。Ryugoは歌う。「OK I’m so tourist 旅する人/旅でかかってる Magic」(「On the ground」)。文字通り旅をテーマにした本作は、魔法についてのレコードでもある。

*「魔女」は性別に囚われた概念ではない。例を挙げるなら、現代魔女術の主流派である「ウイッカ」の創始者であるジェラルド・ガードナーも男性である。とはいえ、現代魔女は自称することも重要な要素であるので、ここで用いた表現はレトリックとして捉えていただいても構わない。

思えば、そのキャリアは旅の連続だった。土浦、品川から、LAへ、ゴアへ。ライアン・ヘムズワースやAkira Arasawa(HENTAICAMERAMAN)、YOU THE ROCK☆など、たくさんの仲間の力も借りながら、ゆるふわギャングは世界中を飛び回って音楽を作ってきた。もしかすると特に初期の作品はアシッドによる強制的な精神の星間飛行によって得た天啓の影響も多分に含まれていたかもしれないが、前作『GAMA』(2022年)でゆるふわギャングはアシッドとの距離を見定め(「Drug」)、代わりにバックパックをパンパンに膨らませて(「Package」)、大切な友達との別れと向き合って(「Tomodachi」)、再び旅に出る準備を入念に済ませていた。

だからこそだろうか、様々な場所で行われた『GAMA』のリリース・パーティー、おおばキャンプ場でのレイヴの開催等を経て完成した本作『JOURNEY』は、驚くべき軽やかさをまとった作品である。弾力のある高速フォー・オン・ザ・フロア「Bon voyage」、陶酔的なドラムンベース・トラック「Ms.Groove & Mr.Freaky」、MVもエジプトで撮影されたアラビアンな雰囲気漂う「On the ground」、ザ・ウィークエンド「Blinding Lights」ばりの80sシンセ・ダンス・ポップとトラップのキメラ「Because」……ゆるふわギャングは縦横無尽に旅先でダンスに興じている。歴史的に考えて、ダンスが迫害や抑圧への抵抗/逃亡の手段であり、同時に魔術における儀式に往々にして組み込まれてきたという事実を本人らがどれほど意識しているかはわからないが、この符合を偶然と呼ぶにはあまりに出来すぎてはいないか。

とりわけ感情を揺さぶるのは「Electric people」から「I can’t believe it」に至る一連の流れだ。サウンド的にはサイケデリックなダンス・ミュージックとラップの融合におけるゆるふわギャングのこれまでの流れを汲んでおり、それをさらに深掘りした結果と言えそうだが、ここでもゆるふわギャングは軽やかさを捨てない。余計なノイズには耳を貸さず、心を解放して、道中での出会いを祝う。その旅路はあくまで楽しむことが第一優先だ。そしてNENEは私たちに向かって、奇跡を目にしたような笑顔で、真正面から問いかける。「君は信じられる?/これ全部現実なの」(「I can’t believe it」)。

正直、常軌を逸しているとすら思う。なぜゆるふわギャングがこんなにも世界を楽しめているのか、疑問を抱かずにはいられない。2021年に筆者がNENEとRyugoに取材した際も、2人はパンデミックに伴い抑圧された日常の中で、直感的に尋常ならざるストレスを抱えながらも、その期間を音楽制作に集中するための環境作りに当てていることを話してくれた。つまり、そこには現実的に積み重ねられた努力が十二分にある。それなのに、どうしてここまで……。

そんな疑問が湧き立つのと時を同じくして、『JOURNEY』に貫かれている圧倒的な楽観主義が、アルゴリズムに閉じ込められ、SNSでの相互監視に怯える私たちの痩せ細った想像力を、棄却した可能性を、自由を、逆説的に伝えていることに気がつくはずだ。この目で見る前に、この耳で聞く前に、何もかもを決めつけてはいないか? 小さなディスプレイに張り付いて、隣人の些細な、でも美しい所作を見落としてはいないか? 次の旅へと向かい去っていくゆるふわギャングを見送るこの瞳に、未来が爛々と灯っていくのがわかる。旅に出よう。これは後期資本主義社会に生きるすべての人々をテクニカラーの旅路へと誘う、14の魔法である。(高久大輝)

参考
『文藝 2022年冬季号』
特集「魔女・陰謀・エンパワメント」


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