Review

Jana Rush: Dark Humor

2022 / Planet Mu
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“ダークなユーモア“を通して再解釈されるもの

13 May 2022 | By Suimoku

90年代後半にシカゴで生まれたジューク/フットワークはゲットー・ハウスの突然変異形であり、BPM160を超える高速のテンポ、乱れ打ちされるヴォイス・サンプル、四つ打ちを逸脱した複雑なリズムを特徴とする。2014年にシーンの中心人物だったDJ Rashedが没したのちもこの不定形でアヴァンギャルドな“バトル・ミュージック” (*1) はアンダーグラウンドで愛され続け、Jlinや食品まつりのようなアブストラクトな解釈者たちを含む、多くのミュージシャンに天啓を与え続けてきた。

シカゴのDJ/プロデューサー、Jana Rushの音楽もJlinなどと同じく、フットワークのクリエイティヴな隔世遺伝の流れに位置づけられる。とはいえ彼女はDJ RashedやGant-Manなどと交流し、同じシーンで活動していたベテランであり、90年代末に一時音楽活動を休止してから10年代に音楽制作を再開するまで長いブランクがあったようだ。石油精製工場の技術者として働きながら2016年にはEP『MPC7635』を、2017年にはアルバム『Parish』を発表。そして、昨年発表されたアルバム『Painful Enlightenment』(2021年)では、よりダークでパーソナルな表現へと踏み込んだ。「痛みを伴う啓発」というタイトル通り、そこにはインダストリアルな破壊音やアダルト・ビデオからのサンプルに彩られた悪夢めいたサウンドがあった。Janaは自らが同性愛者であり、自己否定感や鬱症状に長らく苦しめられてきたことを告白する。そして彼女にとって「ダークなエクスペリメンタル・リスニング・ミュージック」を作ることは一種のセラピーであり、「何の留保もなく自分自身になれる機会」なのだと。

そんな『Painful Enlightenment』から間を置かずに発表された7曲入りの新作『Dark Humor』で印象的なのは、過去の黒人音楽の解体/再構築である。先行シングルの「Lonely」ではオーネット・コールマンを大胆に引用していたが、オールドスクールなスクラッチを中心にした「Unk」や、思いがけないところで「A Journey Into Stereo Sound」が顔を出す「Clown」など、ヒップホップのアブストラクトな解釈ともいえるトラックが目立つ。なかでも特に驚かされたのが7曲目の「Make Bitches Cum」で、聴けば分かるようにこれは2パック「No More Pain」の引用――というよりリミックスに近いものになっている。BPM160、あるいはその倍や三連で痙攣するリズムマシンに急き立てられながら「Say my name, watch bitches come (ビッチどもがイクところを見ろ)」「bitch, I want some ass tonight(ビッチ、お前のケツが今夜欲しい)」というフレーズが繰り返される。R&Bやラップから卑猥なヴォイスをチョップするというのはゲットー・ハウス以来の伝統なのだが、不穏なビートのなかでマッチョな声がBワードを、文字どおり呪いの言葉=curse wordのように唱えるトラックが“メンタルヘルスの問題を抱えた同性愛者の女性“によって作られたという事実は、聴くものに冷え冷えとしたものを感じさせる。

しかしもう一度「Make Bitches Cum」を聴けば、ビートはバラバラに分解され、スネアは裏につんのめってリズムを脱臼させる。流麗なフロウは細切れにされ、トラックとかみ合わずにむしろ不能感を感じさせる。そして、「ビッチどもがイクところを見ろ」という露骨に性的でマッチョなヴォイスがあまりに執拗に、マシニックに反復されるとき、そこにはどこか滑稽さが漂う。実は、これと同じことをJanaは前作の「Suicidal Ideation」でもやっている。このトラックではおよそ5分間以上もピッチを切り替えながら女性の喘ぎ声が執拗に反復されるが、そのヴォイスはもとの「ヘテロ男性の欲望を刺激する」という機能から転げ落ちた、グロテスクで珍妙な運動体のようなものになっている。 (*2) こうした執拗で機械的な反復運動の可笑しさは男性向けビデオに映される行為そのものの可笑しさともいえるが、そこに漂うある種の引きつったユーモア感覚こそ、まさに“ダークなユーモア”と呼ぶにふさわしい。ゲットー・ミュージックのヘテロセクシャルなモチーフは、Jana Rushによって脱構築されるのだ。

「Make Bitches Cum」はこうしてフットワークを読み替えると同時に、その引用元である「No More Pain」にも新たな光をあてる。天才DeVante Swingの手によるトラック――『エクソシスト』めいたゴシックなピアノ、16分と32分を行き来して痙攣するハイハット、妖しく振動するLFOベース――が、これほどまでに“ダーク”だったかと気づかせるのだ。そのうえで執拗に敵への復讐を叫ぶパックはもはや悪魔めいているが、一方で「天国に痛みはない」というフレーズは「現世は痛みに満ちている」と、希死念慮=suicidal ideation的に反転されうるのであって、そこでぽっかりと口を開けているのは、ロバート・ジョンソン――彼を追い回した“ブルーズ“は鬱症状の隠喩だという研究もある――やスクリーミン・ジェイ・ホーキンズから連なる、死やメンタルヘルスにかかわる“ダークな”音楽史だ。『Dark Humor』は過去のレガシーにこれまでとは違った新たな光をあてる――あるいはその闇をより深く浮かび上がらせるのである。(吸い雲)



(*1) ダンスバトルで用いられるなかで過激かつ複雑にスタイルが進化したとされる。以下のウェブ記事を参照。
「The Culture Clash – DJから紐解く世界のカルチャー DJ Fulltono 【インタビュー】」Mixmag Japan、2020.3.5(https://www.mixmag.jp/special/the-culture-clash-djfulltono-part2.html


(*2) 曲の後半で、「Make Bitches Cum」と(おそらく)同じラッパーの声が「bow down / on boss」(ご主人様にひざまずけ)と繰り返していることにも注意したい。

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