Review

The Bug vs Ghost Dubs: Implosion

2025 / Pressure
Back

重ければ重いほど、遅ければ遅いほど。

26 January 2026 | By Hiroyoshi Tomite

最初はベースラインのみ。ビートが遅れて重なってくるThe Bugの「Hooked (Hyams Gym, Leytonstone)」から始まる。霧がかかっていて、遠くの方でくぐもって鳴るサウンドスケープが印象的なGhost DubsのM2「In the Zone」。

ひたすらに現場のサウンドシステムで鳴らされることをイメージして作られているような一方でそうした現場体験をいかにアルバムという作品に昇華するかに焦点を定めているようなロウで華美な装飾的ラインを廃したミニマルなあり方はRhythm & Soundを彷彿とさせる。重ければ重いだけ、遅ければ遅いほど正義なのかとでもいうべき音像。すべての日常のノイズをガン無視して、目を閉じて音の中に浸ることだけを許容してくれるような「Dub Remote」は必ずしもサウンドシステムが優れた場所にいることを要求してこない。目を閉じれば音の亡霊たちとともに意識の中で戯れることができる。深い一枚だ。

Kevin Martin、通称The Bugが自身のレーベル《Pressure》から放つこのスプリット・アルバムで提示したのは“spectral dub”というコンセプトだ。彼が長年魅了されてきたジャマイカ音楽を自分なりに捉えようとする試み。相手役のGhost Dubsことシュトゥットガルトのプロデューサー、Michael Fiedlerは、Jah Schulz名義でドイツのサウンドシステムシーンを牽引してきた人物で、Jah ShakaやIration Steppasといった伝説的なサウンドシステムのサポートを受けてきたらしい。2024年の『Dameged』で国際的な注目を集めた彼と、The Bugがトラックごとに交互に配置された“サウンドクラッシュ形式”で生々しく、ぶつかり合う構成。

このアルバムのエレメンツをベースにThe Bugがベルリンのベルリンの《Gretchen》とロンドンの《Colour Factory》で初めて披露された。The Bugのトラックには「Hooked (Hyams Gym, Leytonstone)」「Burial Skank (Mass, Brixton)」といった地名が明記されていることも、それぞれの空間で鳴らされたサウンドシステムの記憶が宿っていることをわかりやすく示唆している気がする。ソールドアウトとなったベルリンでは、彼らによる初のB2Bセットも行われ、汗まみれの群衆の中でこの内省的な素材が試された。

しかしレビューを書くという段取りになって彼らの活動を知るという私は、せっかくベルリンで彼らがパフォーマンスをやっていたそのイベントを逃してしまっていた。「まったく何をしにベルリンにいるんだろう?」と思う一方で、物価高騰と生活の変化で新しい住処を見つけ出すことに腐心していた自分にはアンテナに引っ掛けることができなかったのだと思う。落ち着いた環境を得るべく、悪戦苦闘し、タフな政治的経済状況のなかでダブというジャンルに心酔し、だからこそ狭義の世界観にとどまらず、その音楽性を拡張しようとする彼らの態度がより浮き彫りになった。不穏で重たい、あくまでインダストリアルでリアル。だからこそそこに生のなまなましい希望と渇望がある。

後編になるにつれ、その原理主義的な側面は身を薄め、くぐもったビートの中で、ひたすら没入感を高めるためにさまざまなサウンドがミックスされている。端的に言って飽きがこない。言葉になる以前の深い感情に耳を澄まし、やるせない日常から目を背けず生き抜く力を得るために、俺はまたベルリンに戻ってダンスフロアに行かないといけない。とにかくどんなに遅かろうがベースラインが鳴り響き、腰が揺れてしまえば、体が揺れる。あとは自然と感じられるディテールに耳をそばだて、そこでの気づきを生活に持ち帰ればいいのだ。そしてそれが叶わないときは、ヘッドホンの音の中に逃げ込んでしまえばいいのだ。

ヨーロッパの物価は日本の比じゃないし、そのなかで移民文化が続く現実は甘い側面だけじゃない。ユートピアではなくたくさんの移民が構成するものは摩擦と衝突で、僕もその移民の一人として街を構成する要素だが、そういう中だからこそ音に説得力が宿る。年末年始の帰省中で地元川越で音に耳をそばだてていると未だ夜毎各地で鳴り響くスローで重たいトラックに身を委ね、2年前ロンドンの《FOLD》のChannel Oneのイベントで顔も見えない人たちと揺れた体験とリンクする。そしてベルリンから去ることを決意した仲間(もうこの街にはかつての輝きはないと言い、地元のチリに帰ることにしたのだ)が教えてくれたRhythm & Soundのアルバムを聴いた経験と同期していく。マスタリングを手がけたのがそのBasic Channelの流れを汲むPoleことStefan Betkeだというのも偶然というにはできすぎている。いい意味で原理主義的なこだわりを持った、あるいはVS構造として制作したからこそ突き詰めることができた混迷の時代で鳴り響くアルバム。そうして彼らのヒプノティックな取り組みが、今の時代のなかでの日常のノイズからの逃避あるいは、そのものとして未来に語り継がれていくだろう。いいから黙ってとにかく最後の「Duppied (Brixton Rec)」から「No Words」まで聴いてほしい。そのときは頼むから誰にも話しかけられず、音の中だけで呼吸できますように。(冨手公嘉)


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