重く、生々しい、呪詛の、福音のような
柴田聡子やカネコアヤノがその枠組み自体を更新し、クイアやジェンダー・イコールの感覚が広く共有されつつある現在、“女性シンガー・ソングライター”という括りで特定の作品を論じることには、強いためらいがある。少なくとも、安易なラベリングには慎重でなければならない。
しかし、3月25日にリリースされた魚住英里奈のセカンド・アルバム『永遠なんて』が放つ身体性は、一人の女性として世界に向き合うことの意味を突きつける迫力と、その影にひそむ繊細さに満ちている。やはり女性の身体や視点を通じてしか到達し得ない領域があることを、改めて突きつけられたような気持ちになる。
魚住は1997年生まれ、熊本出身。2021年にリリースした『ISO1600の花嫁』でデビューし、灰野敬二とのツーマン・ライブや中国ツアーを経て、2025年にはバンド、ヨ幽区を始動させるなど、活動の幅を広げている。
バンド形態ではスロウコアやドリーム・ポップにも通じる構築的なサウンドを聴くことができるが、やはり彼女の表現の核となるのは、掻き鳴らされるガット・ギターと拮抗するような歌の力であることは間違いない。本作においても、弦と声帯の摩擦によって発せられるような歌声が、時に呪詛のように、あるいは福音のように、聴き手の目の前へと肉薄してくる。
同世代の弾き語り主体のシンガー・ソングライターとしては、井上園子が独自のポジションを築いているが、井上がユーモアと毒気をルーツ・ミュージックに包み込んでいるのに対し、魚住は70年代以降のアングラ・フォークに連なる、井戸の底から生の強さを照射するような、重く激しい衝動をはらんでいる。より直接的に人間の深部へ向かっていく性質がある、とも言えるだろう。本作の後半に収められた、M8「バラード」、M9「終電」、M10「永遠なんて」の、身体の奥底から引きずり出した歌声を畳みかけるように聴かせる展開は圧倒的であり、これこそが彼女の真骨頂だと思わせる。
詩人としての鋭さを感じさせるフレーズも随所に見られる。中でもM2「勇敢なソーダ」の「ヤクルトレディと知らない街にいる」という一節は、女性に偏って担われてきた労働のあり方の存在を示唆し、日常に埋没した社会構造をたった一行で浮かび上がらせる。そして続くM3「私のために仕事を休め」では一転して、労働という社会的役割に奪われていた時間を個人的な関係へと引き寄せようとする衝動が現れ、さらにM5「結婚しよう」では、結婚というゴールを目の前にしてもなお、埋められない精神の渇きと孤独がむき出しになる。
一曲ごとの強度はもちろんのこと、労働から婚姻まで、ダイナミックにテーマが移り変わる楽曲を連ねることにより、人と人との関係のあり方を立体的に浮かび上がらせるストーリーテリングが見事だ。それにより、どの関係にも収まりきらない孤独の存在が、より強く印象づけられる。さらに、この流れの中におかれたM4「ノルレボ」では、婦人科の待合室の光景が描かれており、聴き手の視点を否応なく女性の身体そのものの現実へと引きつけていく。冒頭で述べたように、“女性シンガー・ソングライター”という言葉には慎重でなければならないが、それでも本作においては、一人の女性の視点で捉えられた世界が、属性の異なる存在である筆者にもありありと想像できるほど生々しく立ちあがる。
本作は基本的にギター一本と歌による弾き語りで構成されているが、随所に施されたフォークトロニカ的な音響処理も特徴的だ。冒頭を飾るM1「放っとく風に身を任せてる」の夢幻的なリフレインや、M7「アマニタパンセリナ」における突風のようなアンビエンスのダイナミックな展開は、これもまた魚住の表現の核であることを印象づける。
青葉市子やmaricoporoporoの作風にも呼応するサウンドとも言えるが、このジャンルに括られる多くのアーティストがサウンド・エフェクトによって時間的・空間的な拡張を志向しているのに対し、魚住の音づくりには、より生々しいダイナミズムが感じられる。緻密に設計されたポスト・プロダクションというよりも、足元のエフェクターやルーパーを即興的に操作しているかのような感触が強い。つまりそれは、ガット・ギターが彼女の身体の一部として機能しているのと同様に、こうした音響処理もまた“拡張された身体性”として位置づけられているのだろう。そこには、魚住が積み重ねてきた数々のライブ・パフォーマンスの痕跡を見出すことができるし、職場や家庭、SNSなどに拡張・分化された現代における自我のあり様を表している、と言うこともできるだろう。女性シンガー・ソングライターとしての宿命めいた伝統を真正面から引き受けながら、現代におけるエゴのあり様を音楽的に体現する。それこそが本作の、そして魚住英里奈というアーティストの特別な点と言える。(ドリーミー刑事)
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