静けさが物語る気迫
本作のオリジナルアレンジである『Your Favorite Things』(2024年、以下YFT)リリース後も感想を時々探しては読んでいて、ある一文が気になったのを覚えている。原文はすでに消えていたのでニュアンスにはなるが「彼女の作品の中でも最も赤裸々」と評していたと思う。例えば「Reebok」の恋人達によるひと時を覗き見てしまったような一瞬の煌めきは本当に眩しくて、その通りだなと思った。
緻密なアレンジと強固なリズムが強く出た『YFT』には、ディーヴァへの憧れを背景にしたラヴソングとしてのエネルギーが溢れる一面があったことは間違い無いだろう。そしてこの『My Favorite Things』は引き続きタッグを組んだ岡田拓郎の勧めが起点となった弾き語りヴァージョンであるが、それはキャリアの原点への単なるバックトゥベーシックという風でもない。「My」と冠してはいながら、柴田聡子という人物像はむしろ曲の中へと溶けて、生々しくもどこか遠ざかるようなその様に、静かに圧倒される瞬間すらある。
変化した歌唱は弾き語りゆえの音数の少なさの中でも生々しく浮かび、どことなく緊張感や寂しげな印象が漂う。「Movie Light」ではアークティック・モンキーズの「Star Treatment」をほんのり想起させるラウンジ・ミュージック的な心地で、深夜のホテルのロビーをつたうように響くウーリッツァーに息を呑み、彼女の声だけにかかるリヴァーブはただただその空間の広さを捉える。
「Synergy」や「うつむき」における縦横無尽なフロウは強靭なリズム隊と舞っていたはずが、ここではガットギターのかき鳴らすではない本当に繊細なタッチの上で歌われ、僅かに聞こえるノイズが作品を通して薄く膜を張っているのにふと気づく。
また、いわゆる「弾き語り」という先入観を裏切ってくれる部分も聞き逃して欲しくない。「Kizaki Lake」でのより遠くに聞こえるヴォーカルと重ねられたコーラスはトランス状態へ誘うように存在感を増し、中盤における繋ぎのような位置付けをひっくり返す。デモを元に作られたという「Side Step」では唯一打ち込みらしいリズムやシンセが登場し、エストニアのUku Kuutなども思い出すような、チープかつオブスキュアな質感も。
一人で歌いなおすというテーマとしてはおそらく簡単ではないアルバムに思われながら、どことなく現実感の希薄な静けさのトーンでまとめ上げるという、恐れ入るバランス感。長年サポートとしても関わってきたタッグから、本作がただ『YFT』に対する副次的なアルバムに留まることは絶対にさせないという並々ならぬ気合い、執着すら感じられるのは、自立した作品として見事成り立っていることそのものが証左となっているだろう。
あくまで守りに入らない姿勢は「親しみやすい」どころか「孤高」ですらあったかもしれない。すでにわかり切ったことだとしても、あらためて痛感してしまう。柴田聡子とは、こんなにも気迫に溢れたアーティストであるということを、この静けさは毅然と物語っている。(寺尾錬)
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【FEATURE】
柴田聡子『Your Favorite Things』
クロス・レヴュー
http://turntokyo.com/features/your-favorite-things-satoko-shibata/