Review

Bachelor: Doomin’ Sun

2021 / Lucky Number / Tugboat Records
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不安や迷いもさらけ出しながら、軽やかに育む愛と友情

21 June 2021 | By Hitoshi Abe

大好きな音楽への憧憬と2人の友情。ペールハウンド=エレン・ケンプナーとジェイ・ソムことメリーナ・ドゥテルテの新プロジェクト、バチェラーのデビュー作『Doomin’ Sun』には、そのような2人の想いが溢れている。だが、本作に描かれている憧憬や友情は決して煌びやかなだけのものではない。時に常軌を逸したような熱量で何かにのめり込み、誰かのことを想ってはもがき苦しみ、いわゆるギーク的な偏愛を自覚しながらも、どうしようもなく惹かれてしまう。あくまでカジュアルに楽しく制作に向かいながらも、本作の2人の主人公はそんな目を背けたくなるような感情までも克明に描き出している。

例えばなんとも狂気的なMVも鮮烈な「Back of My Hand」。冒頭スマッシング・パンプキンズの「1979」を思わせるギターストロークの推進力に乗せて、「私はあなたの一番のファン」とダウントーンに歌う様は、お互いへの親愛と本作に散りばめられたリファレンスへの敬愛という三重のニュアンスを感じさせるが、終盤では「私はあなたになりたいの?それとも友達?わからない」と移り変わっていく。ここに描かれている親愛や敬愛、自己愛の境界は実に不明瞭で、それを思うとこのプロジェクトが、バチェラー(独身男性、あるいはかの独身男性争奪リアリティーショー)と名乗っているのもなんとも示唆的だ。

ヴァース部分に多く見られる固有名詞や体感的な表現を多用したジャーナルのような情景描写や、「Anything at All」でキュートに歌う「私は何にも言うべきじゃない」のシニカルさはエレンの得意とするところだろう。他方、コーラス部分の心情描写や甘美な歌メロ、そしてその心情をギターサウンドのリフレインでダイナミックに表現する様はメリーナの真骨頂。ギターの歪みや展開の緩急だけでなく「Hey」のようなダウナーな閉塞感もエレンと同郷のピクシーズを感じさせる「Stay in the Car」や、煮え切らない半音のニュアンスが程よい褪せ感を持ち込む「Sick of Spiraling」でも、情景と心情という異なるソングライティングの視点が、どこか後ろ暗い情感を立体化させることに成功している。

扱われるモチーフは破滅の予感や崩壊への不安といった暗い感情が影を落とし、時には恋人かと見紛うほどの濃厚な愛情が描かれているが、そのような重苦しさはなく聴き心地はあくまでユーモラスで軽やかなのが本作の特徴だ。そこに通底するのはドロドロした感情もさらけ出しながらお互いの持ち味を融和させようとする、共同作業を通して育まれた2人の気の置けない友情だろう。さらにビッグ・シーフから立ち寄ったバック・ミークの流れるようなアコギや、粒の質感が際立つジェームズ・クリフチェニアのドラムがさりげなく2人を支え、メリーナのパートナーでもあるチャスティティ・ベルトのアニー・トラスコットもストリングスで作品に色彩を加える。このような盟友たちのささやかな協力も、本作を爽やかに響かせる一つの要素だろう。

先日開催された主催の配信イベント『Doomin’ Sun Fest』でも、さまざまな遊び心を存分に発揮しながら、各地に集う友人たちと近況報告を交わすように和やかなムードを演出してみせたバチェラーの2人。愛情などというと恋愛や血縁に収束しがちだが、誰もが苦しみを共有するパンデミックの今だからこそ、緩やかな連帯、他者へ向ける想いの大切さが本作で示されているのではないか。それは時に脆く困難を伴うものかもしれない。だが本作に描かれた軽やかな友情に、2人がお互いや敬愛するアーティストに惹かれたのと同様に僕もどうしようもなく惹かれてしまうのだ。(阿部仁知)

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