大胆に、野性的に
カナダ出身のミュージシャン、ダン・ベイハーによるプロジェクト、デストロイヤーをこれまで聴いてきた人はこの文章を読んだあとに、きちんと聴いたことがない人は今すぐこの文章を読むことを留め置いて、彼らの代表作である『Kaputt』(2011年)を聴いてほしい。彼らの最新作『Dan’s Boogie』を聴くうえで、さらにいえば2010年代のインディー・ロックを取り巻いてきた状況を俯瞰するうえで、本作は欠かせないと思うからだ。
『Kaputt』において、デストロイヤーはそれまで取り組んできたオーケストラルなアレンジをもたせたグラム、サイケデリック・ロックから一気に飛躍した。現在もバンドの代表曲となっている「chinatown」や「kaputt」に顕著なように、モダンな色彩を放ちながらバウンスするシンセサイザー、雲の間から地上に向かって伸びる薄明光線のように荘厳で流麗なホーン、ディレイ/リヴァーヴを効果的に用いた夢幻のようなギター&ヴォーカルからなるサウンドが、メロウなメロディー・ラインを際立たせながら空間を埋め尽くしていく。スティーリー・ダン、プリファブ・スプラウト、トーク・トーク、ロキシー・ミュージックといった80年代初頭のソフィスティケイティット・ポップ的な煌びやかで、メランコリックで、未来的なサウンドの感性をインディー・ロックの文脈に蘇らせることに成功したのが『Kaputt』だった。
その『Kaputt』で提示し、発展させた上述のサウンド・デザインを基軸としながら、デストロイヤーは作品ごとにサウンド・ディレクションを微細に変化させてきた。本作のアルバムオープナー「The Same Thing as Nothing at All」の再生ボタンを押した瞬間に体全体を包み込むようにシルキーなサウンドや、夕暮れの渚のようなムードを醸すサックスをフィーチュアしたエキゾチカ・ラウンジ・チューン「Cataract Time」は『Kaputt』との接続を感じる楽曲だろう。他方、甘美でクリスタルなシンセサイザーが舞い上がり、壮大なオーケストラル・サウンドが広がるタイトル・トラック「Dan`s Boogie」、シモーネ・シュミット(Fiver名義)をリード・ヴォーカルにフィーチュアし、まるで坂本慎太郎のような平熱のボンゴがメランコリックに響く「Bologna」、位相を変えて電子音とピアノ、オルガン、パーカッションが縦横無尽に動き回るエクスペリメンタル・ポップ「Sun Meet Snow」が作品にアクセントを加える。これらの楽曲のような大胆かつ野性的なサウンドが本作の特徴だ。
《The Guardian》は『Kaputt』について「『Kaputt』は、いまや消滅したポップの時代への開かれたラブレターのようなものです。それは、何事にも代えがたく、温かく、美しい。ラブレターというものはかくあるべきだ。」と評した。いまになって振り返れば『Kaputt』は、“ヨット・ロック”、ヴェイパーウェイブ/フューチャーファンクを経由した“シティ・ポップ”再評価、ホーム・レコーディング・ポップスのフロンティアとしての細野晴臣(特に『HOSONO HOUSE』の“発見”、アンビエント・ポップ/フォークの隆盛、80`sアーバン・コンテンポラリー・サウンドの復権といった2010年代に国内外で広がったリヴァイヴァルの動きを予見した象徴的な一作だったようにも思う。『Kaputt』のリリースから14年の歳月が過ぎた。本作『Dan’s Boogie』に内包されたエクスペリメンタルでチャレンジングなサウンドが、先の10年、どのような未来へ繋がるか、いまはじっくりと周囲を見渡していたいと思う。(尾野泰幸)