Review

Vince Staples: Dark Times

2024 / Def Jam / Blacksmith
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暗く苦しい世界で、諦めずにもがく魂

25 June 2024 | By Daiki Takaku

約2年ぶり、かつほとんどサプライズ的にリリースされた本作『Dark Times』はヴィンス・ステイプルズのキャリアを総括した作品と呼べるかもしれない。「Nothing Matters」の生っぽいドラムとエレクトロニクスの融合にわかりやすく感じる『Big Fish Theory』(2017年)の頃の実験精神。もしくは『Vince Staples』(2021年)に顕著だった簡潔さ。さらに、『Ramona Park Broke My Heart』(2022年)では波の音で描かれた円環構造(本作では鳥のさえずりにより引き継いでいる)。「“Radio”」を聴いて、忘れられがちなラジオをモチーフにしたサード・アルバム『FM!』(2018年)を思い出すこともできるだろう。

また、本作には近年の……4作目『Vince Staples』や続く5作目『Ramona Park Broke My Heart』の根底に流れていたであろう諦念に似た何かも引き継がれている。それも非常に色濃く、である。具体的に言えば、一つの物事を複数の角度から見つめることによってステイプルズはあえて行き詰まっているようなのだ。ニッキ・ジョヴァンニとジェームズ・ボールドウィンによる対談をサンプリングした「Liars」とカタールから来た美女にステイプルズが裏切られた話を語る「Justin」に描かれる男と女の嘘の終わらない騙し合いから、「Goverment Cheese」では低所得者層にとってありがたく、しかし着実かつ迅速に格差を拡大させたレーガノミクスにおけるフードスタンプにまで、本作には幾重にも渡って複数の視点が持ち込こまれている。もちろん、このヒップホップ・シーン切っての皮肉屋は名声を手にした自身に対してもそうすることを厭わない。「Black&Blue」はそういった意味で象徴的な1曲だ。ステイプルズは2パックやニプシー・ハッスルといった夭折の先達らにシャウトを送りながら、世界中の貧困や差別にさらされるティーンを勇気づけ、ときに世界中の悪童らにトラブルの種を撒いたアーティストたちが死後どこに行くのかを問うている。つまるところ本作では、どの視点に立ってみても重苦しいムードがつきまとう。

ラスト・トラック「Why Won’t the Sun Come Out?」にはサンティゴールドによるスポークンワードが演説風に挿入されている。要約すると、「世界はすごくゆっくりと前進している」という具合のものだ。不自然に重ねられた「なぜ太陽は顔を出さないの?」という声を無視したとて、当然、サンティゴールドの演説を言葉通りに受け取ることはできない。

そして、アルバムはまた頭から再生される。ハイライトの一つ「Étouffée」は1周目より鮮烈だ。ジム・クロウ法から逃れるためにニューオーリンズを離れた祖母について語るステイプルズ。そのラップに、今ガザで起きていることを重ねてしまうのはおかしいだろうか。そう考えていると、思考を見越したように「Étouffée」はニューオーリンズ風のバウンシーなビートにスイッチしている。過ちを繰り返し続ける人間の姿をはっきりと浮かび上がらせながら。

そう、『Dark Times』はタイトル通り、ひどく暗く苦しいアルバムである。音は心地良いが、逃げ場がなく、息が詰まるばかりの……。しかし、様々な立場や視点が広く共有され、それぞれに感情移入して行動することが困難を極め、各々が自身の利害にばかり従う今日において、それは実に諦めの悪い態度とも言えるだろう。本作にあるのは諦念ではなく、諦念に押しつぶされそうになりながら、もがき、のたうち回る魂なのだ。「To live is to be, like the n*gga in the tree」。「Close Your Eyes and Swing」にあるこのたった一つの言葉の意味を、しばらくの間考えていたいと思う。(高久大輝)

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