ダブの可能性を改めて提示する“遅さ”
反響する音の中に、残響の中に、何かが潜んでいるように感じたことはないか。あるときは書き換えられた都市の慟哭、またあるときは打ち捨てられた時代の夢、あるいは忘れ去られた人々の嗚咽、もしくは選ばれることのなかった未来からのメッセージ……のような何かを……。それらはただ“あるかもしれない”存在として、そう、まるで幽霊のように音の中で揺らめいて、ときどき今を生きる私たちを刺激し、鼓舞してくれる。まずGhost Dubsというアーティスト名に、反響する音の中で花開く私たちの持つ想像力の可能性を、つまりはダブと呼ばれる音楽の可能性を信じ、それを深く掘り下げようという強い意思を感じてしまうのは、きっと私だけではないはずだ(ダブについて、人の身体性をことごとく削いだ機械による音楽という意味で、『攻殻機動隊(GHOST IN THE SHELL)』を思い出してみてもいい)。
実際、ミニマルかつヘヴィに、Ghost Dubsはファースト・アルバム『Damaged』の中でダブの可能性を注意深く掬い取っている。その音は、たしかにレゲエから派生した、リー・スクラッチ・ペリーやギング・タビーらに代表されるジャマイカン・ダブ(とそれを取り巻くサウンド・システム・カルチャー)からあらゆるジャンルに拡散したダブの歴史に接続するものであり、もう少し的を絞って言えば、《Basic Channel》や《Chain Reaction》といったベルリンのダブ・テクノ〜アンビエント/ドローンのようなアブストラクトな要素と実験性を多分に含んだ一派に連なるものだろう。そして、『Damaged』の最もわかりやすい特徴はその“遅さ”にある。
アルバムの完璧なイントロであり、のっそりと鈍く輝くリズムが打ち付けられ、驚くほど獰猛なベースが鳴り響く「Chemical」。揺蕩うfxと張り付いたノイズの向こうで、ズシリと重たく、それでいてつんのめったようなビートが存在感を放つ「Second Thoughts」。「Hot Wired」や「Thin Line」などの少なからず身体的なダンスを誘うであろうトラックも含め、『Damaged』に収められた12曲は一貫して遅い。
その遅さは、(パンデミックの反動を引きずった“速い”ダンス・ミュージックに溢れている現状のせいかはわからないが)少なくとも私を立ち止まらせる。不規則に、規則的に、音の粒子が泡立って解け、霧のように空間を満たしては消えていく『Damaged』の、その隅々まで作り込まれたダブ・サウンドに耳をそばだててしまう。そこに薄っすらと、ぼんやりと立ち現れるゴーストを感じ取ってしまう。おそらくはGhost DubsことMichael Fiedler(Jah Schulzとしても知られる)にしてやられたということなのだろう。しかし、それで構わない。と言うか、むしろ歓迎すべきことだ。この体験はとてつもなくシリアスで、同時にみずみずしく刺激的でインスピレーションに溢れたものなのだから。
マスタリングは鬼才、Stefan Betke。リリースはザ・バグことケヴィン・マーティンのレーベル《Pressure》から。(高久大輝)